第3章:ルナティックな僕ら

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 今日の赤い月は例外だが、月は地球にもたらす光の中で太陽の次に明るい。街灯が少ないこの町にとって月明かりは貴重な光源なんだ。  子供の時に父親から月はだんだん地球から遠ざかっているという話を聞いた時、いつかは見えなくなってしまうのかと不安になったが、遠ざかる距離は年間3センチ程度で心配ないらしい。  しかし月詠は実際の月よりもっと早いスピードで俺を離れようとしている。いつも近くで俺に光を与えてくれるわけではないのだ。  やがて赤い月はいつのまにか姿を変え徐々に高度を上げ、いつものように青白く輝き出した。  その光に導かれるかのように月詠は家に戻ってきた。 「遅かったな。心配したよ。」  嫌がられるのをわかっているのに我慢できずに彼女に声をかけてしまう。  案の定、月詠は俺を無視する。しかし興奮している俺は彼女への言葉を止める事ができない。 「今日は月がよく見えるから余計心配だったんだ。英語でルナティックって言葉は『精神異常』っていう意味があるくらい月には不思議な力があるんだよ。例えば、満月の夜は犯罪が多くなるんだ。狼男の伝説を信じていたイギリスは満月の夜は警察官を増やしていたくらいだ。」  彼女は再び俺の言葉を無視して冷蔵庫から麦茶を出しグラスに注いだ。 「急いで飲むと腹壊すぞ。」  そう言ってるそばから彼女は麦茶を一気飲みする。  これは間違いなく反抗期だ。と思っていると彼女は空いたグラスをテーブルにガンッと置き突然話だした。 「テラにい、知ってた?月って地球から生まれた説があるんだよ。」 「ああ、知ってるよ。昔々、たくさんの小さな天体が地球に衝突して、地球の内部がえぐられたんだ。えぐられた物体は勢いよく宇宙に飛び出した後に集合して月になったって説だろ。」  珍しく彼女が反応してくれたので嬉しくなり勢いよく話してしまった。 「さすが宇宙オタク。」 「そうか?わりとみんな知ってると思うけど。」 「じゃあ、なんでその説が有力なったか知ってる?」 「アポロ計画が持ち帰った月の石が地球のマントル部と化学組成が似ているとこから、一つの大きな天体が地球にぶつかって月が生まれたとするジャイアントインパクト説の矛盾を突き詰めた結果だろ。ジャイアントインパクト説だとぶつかった大きな天体の方のかけらも月に混ざるはずだし、大きすぎて地球のマントル部まで達しないから複数の小さな天体が衝突した方があり得るんじゃないかって。」  自分が好きな宇宙分野を振られてまたもや長々と話してしまった。 「正解!よくできました!」クイズ番組の司会者のように彼女は両手を頭の近くで叩く。 「おい。どうしていきなり宇宙クイズなんだよ。俺が月の話をしたからか?」 「ううん。月と地球の関係を私たちに置き換えて考えてみたの。どうしてテラにいは私に執着するのかって。」 「執着?心配の間違いだろ。妹が危ない目に合って欲しくないだけだよ。」  月詠は俺の反論を受け入れたくないというかのように俺に背を向けた。   「私、わかったの。テラにいは父親の血を私に求めているんだと思う。昔のテラにいが憧れていた『立派なお父さん』をまだ探してるのよ!このファザコン!」 「はあ?なんでそうなるんだよ!」  逃げるが勝ちを体現するかの如く月詠は好きな事を言い放って2階に消えた。  まさか妹にシスコンではなくファザコンと言われるとは。どういう思考回路をしているんだ。  俺は彼女が置き去りにしたグラスを仕方なく洗いながら、さっきの言動はボーイフレンドの入れ知恵じゃないだろうな。と嫌な気持ちになった。
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