第4章:今夜は月が綺麗ですね。

1/6

54人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

第4章:今夜は月が綺麗ですね。

 月詠にファザコンと言われてしまった翌週、俺は一週間研究室に泊まり込んでいる親父を訪ねた。さすがに着替えなどが必要だろうと思ったからと月詠にボーイフレンドが出来た事を話したかったからだ。 「鉄羅、悪いな助かったよ。」  優しくお礼を言う親父を見るとなんだか憎めない。母親もきっとこんな瞬間が多かったんだろうなと見えない力で苦労する側にポジショニングされてく自分を軽く呪った。 「大学はどうだ。そろそろ専門分野を決める時期だろう。宇宙工学に進むのか?」 「うん、そのつもり。うちの大学は航空宇宙学だから就職先は飛行機や自動車関係にも潰しが効くし。」 「そうか。鉄羅はしっかりしているな。まあ、俺が学生の頃はまだ世界は宇宙に対してお金をかける勢いと余裕があったけど、今はそうはいかないからな。」 「勢いと余裕か。そんなに違うもの?」 「ああ。昔はロシアとアメリカの宇宙開発戦争って言われたくらいだからな。アポロ計画が成功したのはアメリカ政府が国家目標にして総力をかけて挑んだからだ。あの頃の宇宙服は再現できなくて未だに修復されながら使っているんだよ。」 「ライバルの存在か。」俺は不覚にも月詠のボーイフレンドをこのタイミングで思い出した。 「そういえば、月詠にボーイフレンドが出来たんだ。この間帰りが遅くなったから注意したら、月の誕生説に例えながら反発されたよ。」 「月の誕生説?どのバージョン?」 「はあ?そこに食いつくのかよ。複数衝突説。正確には説の詳細を話したのは俺だけど、ちゃんと中身を知っているみたいだった。」 「へえ。あの月詠がねえ。やっぱり血は争えないな。」 「まあ、親父は宇宙を職としているからな。」 「そうだな。鉄羅、無神経な父親ですまんが、月詠の母親も宇宙を研究していたんだ。いずれはそういう道に進みたいっていうかもしれん。」  母親って言っても生んだだけだろ。と毒づきたくなったがやめた。俺が牙を向けるのはそもそも彼女ではなく、目の前にいる親父だという事実に目を向けることになる。 「そうだといいな。宇宙工学を教える大学は増えてきているし。」 「月詠はアメリカで生まれたから向こうの市民権も取れる。宇宙を学びたいならアメリカの方がいいかもしれない。」  月詠がどんどん遠くに行ってしまう。そう思い俯いてため息をついた俺に気づかず、宇宙に興味を持った娘を嬉しく思う彼は上機嫌だった。  多分月詠にボーイフレンドが出来たなんかよりよっぽど彼にとっては事件なんだろうな。  父親のあるべき姿を逸脱したにも関わらず、彼が憎めない俺は月詠がいうようにファザコンなのかもしれない。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加