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死因は交通事故。信号無視をしたトラックが、雨にハンドルを取られてスリップした。まるで氷上を滑るスケート選手みたいだった。そんなに華麗ではないけれど、見事なまでに信号待ちをしていた俺をピンポイントで踏みつぶしていった。
正直、轢かれた瞬間の記憶は曖昧でほとんど記憶がないに等しい。もちろん、記憶が曖昧なことには感謝している。そんな記憶が鮮明に残されていれば、今頃正気ではいられなかっただろう。
……此処に居れば、またトラックに轢かれてしまうかもしれない。
なんて、そんなことを不意に思った。
「……道宮くん」
その時、背後から小鳥の囀りのような声が聞こえた。振り返れば、土砂降りの雨なのに傘もささずに立ち尽くす神崎の姿があった。夕立ちに打たれる彼女は、曖昧に微笑んでいた。
「神崎、傘もささないで何しに……?」
「道宮くんを見かけたから声をかけただけ。傘は、なんとなく気分じゃなかったんだ」
感傷的な声で、神崎は色のない笑顔を浮かべて答えた。
「ねぇ、何をしようとしていたの?」
「別に何も」
「……嘘。分かりやすいね、道宮くん」
神崎はこちらに一歩ずつ近づきながら、珍しく怒ったような声音で迫ってくる。
「だって道宮くんは今――」
死のうとしていたでしょ?
雨音が消えたような気がした。その言葉だけが俺の耳奥まで届き、体中を駆け巡る。内側からナイフでぐちゃぐちゃに内蔵を抉られているみたいだ。それほどまでに、その言葉が痛かった。
……もう死んでるのに、どうやってもう一回死ぬって言うんだよ。
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