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ラーメン屋さんで言われた「幸せを薄めて味わうタイプ」の話
「大好きな物だから、一年に一回に決めてるんだ」
渋谷オススメのラーメン店があると誘われて、友達と一緒に食べに行った。個人営業のその店はカウンター席が八つしかなかった。
「オススメってどれ?」
「私はちょっと固めの麺で半熟卵のトッピングしてるよ」
彼女のオススメに従って入り口で食券を買い、どうがんばってもぶつかり合ってしまう店内で周りの人に謝りながら、友達と斜めに向かい合うような位置で席に着く。彼女は席に着くなり長い髪を一つに結わえた。
友達はラーメンが大好物で、ラーメンを食べる日は朝ごはんもほどほどで、しっかりおなかを空かせてお店に来るらしい。
あまりにも大好きでほとんど毎日食べていた生活だったのに、ある時彼女はラーメンを食べるのをやめた。
「なんでやめちゃったの」
「すっごい好きだったんだけどさ、実家から食材が送られてきて、一週間くらいラーメンを食べられなかった時期があったんだよね」
「へぇ、それは残念だったね」
「それがさ、一週間ぶりに食べたら、驚くほどおいしかったのよ」
「へー、そうなんだ。久しぶりだったからかな」
「うん、もう毎日めっちゃストレスで。こんなにいろんな食材いらないし、ラーメンだけでいいからとか思ってたんだけどさ。我慢した後の幸せって格別なんだなぁって」
想像もつかないなぁ、自分は毎日イイコトが起こって欲しいタイプだし、と私は言う。彼女はそれ以来、徐々にラーメンを「食べない」時間を長くしていき、今では一年に一回しか食べなくなっているようだ。
「一年に一回? それはだいぶすごいね」
「これ以上はもう伸ばせないなぁって。でもね、自分にとってはすごい効果があってね。毎日、ラーメンの日が近づくわけだから、それまで頑張ろうって思えるのよ」
「なにそれ、前向きすぎる」
ラーメンができあがり、カウンター越しに器を渡される。彼女の表情が変わり、目を潤ませて箸を手にしたまま、祈るような目でラーメンを見ている。
私は無言で箸を取って麺をすする。
「おー、おいしいねー」
背脂が浮かんだスープをすくって飲み、メンマを口にした後に彼女を見たら、彼女はまだ止まったままの体勢でいる。
「麺、伸びちゃうよ? 食べないの?」
「一年ぶりの一口めを味わってるのっ。幸せを薄めて味わうタイプは黙ってて!」
彼女が全身で吸収するみたいな感じでラーメンを味わっているのを見て私は、我慢しないといけないこと、辛いことがあるおかげで、幸せが引き立つもんだなと考えていた。
「それでも薄まった幸せが自分には幸せかもなぁ」
手早くラーメンを食べ終え、おいしかった以上の味は覚えていないほど薄まった幸福感を噛みしめながら、私は口をナプキンで拭った。
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