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子どもと離れて暮らす女性が「音楽とダンスで伝えたいこと」の話
彼女は離婚した後、子どもの親権は手放したと言っていた。
「私自身がやりたいことがあって、子どもがいることが苦しくなっちゃったの。ひどい母親だなって自分でも思う。でも、ちょっと距離を置いたほうが愛せると思ってる」
音楽とダンスパフォーマンスをやっている彼女とは、上海に来たばかりの頃に会った。友達が誘ってくれたバーで彼女たちのバンドが歌っていて、一人だけ日本語で歌っていたので、後で声をかけたのだ。
彼女が結婚したのは日本で日本人と。別れてから上海に移住してきたと行っていた。私が上海で滞在していたレジデンスに遊びに来てくれ、私たちは屋上のテラスで話していた。ここからは球体が胴体にデザインされたテレビ塔が見える。
子どもを捨てたダメな母親というレッテルが辛くなって日本を捨てたのだと彼女は言う。
「旦那は高校生の時から付き合ってた人でさ。友達もみんな知り合いだったし、別れてから私のほうが会いにくくなっちゃってね。子どもは母親が預かるのが当然っていう空気があって、手放すだけで悪人になっちゃったし」
「どちらが引き取るかは旦那さんと決めたわけではなくて?」
「うん。そうなんだけど、世間的には母親が引き取るよねって空気あるじゃない。うちらとしては、旦那が引き取ったほうがいいって結論になったんだけど」
どこに行っても責められているような気がして辛くなり、逃げるように日本を出て、いくつかの国を転々として、上海にたどり着いたのだそうだ。
「今のバンドのメンバーがさ、音楽が合うこと以外を求めないでくれたんだよね。リーダーと出会って誘ってもらって。やりたいことが合うから一緒にやってみないかって言ってくれたの。やっと居場所ができた気がして、それからずっとここにいる」
彼女の元夫は再婚して、今は子どもも新しい母親に懐いているそうだ。寂しくないかと聞いたら、彼女は「分からない」と言う。
「もっと、いろんなことを思ってあげられたら、幸福を願ってあげられたらって気がするんだけど、本当のところを言うと、その頃の自分はもう他人みたいに別人なんだよね。だから何か言われても他人の話を聞いてるみたいな感じがしちゃう。
私は私のことで精いっぱいだったし、誰かのことを抱えらえるような精神状態じゃなかった。子どものために、夫のために、母親として、みたいなことを山ほど抱え込んで、子どもが成人するまで二十年くらいは心を殺して機械的に生きようとしてたこともあったよ。
でも、心を殺す前に身体が壊れちゃったの。心って壊せないもんなんだなぁって気づいちゃった」
「自分の心を、身体が守ってくれたんですかね」
「うん。そうだと思う。どんな時も、自分の心を最初に大事にしようって今は思ってる。あと、他の人にも。私が音楽とダンスで伝えたいのはそういうことなの」
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