上海のお茶屋さんで聞いた「好きなものを守るためにキライって言ってた時」の話

1/1
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/255ページ

上海のお茶屋さんで聞いた「好きなものを守るためにキライって言ってた時」の話

 上海のお茶屋さんでの新年会に誘われた。知り合い同士のアットホームな会だと聞いてやってきたら、すごくきれいなお茶屋のオーナーさんに丁寧に中国茶を淹れてもらえ、餃子までご馳走になってしまった。  お茶と言えば、真空パックされたものしか見たことがなかったが、上海で見かけた茶葉は円盤状に包まれていたものも多かった。紙に包まれたお茶には、中国語で茶葉の種類が書かれていて、それがなんだかとても「本物」っぽくてかっこよい。  徐々に人が増えてきて、人が来るたびにお酒や食べ物が持ち込まれて行った。中国人ばかりかと思ったら、韓国人も多く、私は少しだけ覚えている韓国語を披露する。 「ワタシハ、韓国語ヲ、勉強中デス」 「おおー、すごいね」  しゃべれるのかと思って韓国語で話しかけられるが、その言葉しか分からないんだと伝えると、彼は英語に切り替えてくれた。黒いスーツに整えられた髪型、英語に韓国訛りがなく、かなり流暢だ。聞いたら上海の銀行に長く勤めているらしい。音楽が好きで、いつかライブができるバーをつくって音楽のそばで暮らしたいと言っていた。  四十歳を超えているという男性は穏やかな笑い方をする人で、友人たちにも好かれてそうな感じだった。訪れる人たちがみんな、彼に一言話しかけていく。仕事ができそうな人だなというのが、全身からにじみ出てる感じだった。 「人気者ですねぇ」 「そんなことないよ」 「でも、みなさん話しかけて行かれるから」 「みんな古い付き合いだしね。韓国人同士で支え合ったところもあるし」  彼はビールを注ぎ直して私にも勧めてくれたが、アルコールが飲めない私は断って自分でコーラを注いだ。 「仕事だと、しっかりしておかないといけないっていうのがあってね」  責任ある立場になった関係から、意識的に頼りやすいように振る舞いを変えたのだと男性は言う。部下にも慕われてそうだなぁ、仕事できそうだなぁと私が褒めちぎると、男性は小さく笑う。 「でも、だんだん本当の自分を出せなくなってしまった気がするよ。実はキティちゃんが好きなんだけどさ。それで彼女に幻滅されたことがあるんだ」  自宅に招き入れた彼女がそのぬいぐるみを見て、別に女がいると思ったらしい。誤解を解いたら今度は「思ってた人と違った」という理由で振られてしまったそうだ。 「僕は小さい頃から、かわいい物が好きだったんだ。そういうのが家にあると、家がなごむだろう? 頑張って勉強していい成績を取ってって考えている時に、自分の周りにそういうのがあると、守られてるような気になれたんだよね。でも与えられるのは、ちゃんと男の子っぽい物ばっかりだから、自分でお小遣いを貯めて買ってたんだ」 「そうなんですか。そういうエピソード、すごくいいですね。私もキャラクターっぽいものがけっこう好きだったけど、中学でキャラもののTシャツを着てたら周りに失笑されたことがありましたよ。それ以来、そういう服は選ばなくなっちゃったなぁ」 「本当は好きなのに、みんなの前ではキライなフリをしちゃうとかね。でもそういう自分もイヤでさ。部屋に帰ってからぬいぐるみに謝ったこととかあったよ」 「わー、いいなぁ。傷つけてごめんねっていう感じですね」 「そうそう。好きって素直に言って、周りになんか言われてもイヤでしょ。守るためにキライって言っちゃうんだけど、それは本当に守ってることになるんだろうかって」  扉が開いて、お店が注文していたらしいケータリングの食事が届く。私が好きな餃子だったので、いくつかお皿に取り分け、食べながら話を続ける。 「四十過ぎた男がキティちゃんとか好きなのってどうなのって自分でも思うんだけどさ」  彼は自分自身をあざ笑うみたいにして言う。好きって発信するのは、意外と勇気がいることなのかもしれない。こんなものを好きでって言われたらどうしようっていう恐れや、好きなもので傷ついけたり傷つけられたりしたくないっていう悲しみ。 「上司がキティちゃん好きだったら、なんか愛おしいような気もしますけどね」  私はそう言って、彼の空になったグラスにビールを注ぎ直す。
/255ページ

最初のコメントを投稿しよう!