結婚して三ヶ月で離婚した女性が言う「自分は他人から見える通りの自分になる」の話

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結婚して三ヶ月で離婚した女性が言う「自分は他人から見える通りの自分になる」の話

 デンマークの人魚像の前で、日本人女性に会った。黒髪でアジアっぽい顔立ちだなと思っていたが、空を見上げて「暑いなぁ」とつぶやいていたので日本人だと分かった。茶色く染めてゆるく巻かれた髪に、白いシャツ。花柄のロングスカートを履いていて、革の赤いバッグを肩にかけていた。  彼女はスマホを使って人魚と一緒に自分の写真を撮ろうとしていたが、あまりうまくいってない感じだったので、私は日本語で声をかける。 「あの、もしよければ撮りましょうか?」  彼女は日本語で話しかけられたことに驚いた様子だったが、嬉しそうに私にスマホを渡す。 「ありがとう。コペンハーゲンに住んでらっしゃるの?」 「あーいえ、アートのプログラムで三週間だけ来てるんです」 「そうなんですか」  コペンハーゲンの人魚像は、世界三大ガッカリと呼ばれるような場所で、それをネタにして私たちは会話を弾ませる。彼女はこれから国立美術館に行くというので、私も近くまで歩いていくことにした。  幼稚園の先生をしていたという彼女は、五年間付き合っていた人と結婚して三ヶ月で別れ、実家に引っ越した後にすぐにデンマークに来たようだ。 「結婚してすぐに別れちゃったでしょ。実家に戻っても気まずくて。居場所がなかったのよね」  私はうなずきながら言葉を返す。 「でもなぜデンマークに? ここってかなり物価高くないですか?」 「ここ、物価高いの? 分かんなかった。ヨーロッパって初めて来たのよ」  英語もあまり話せないという彼女はちょっと立ち止まり、片手を額に当てて、目を閉じる。 「どうしました?」 「ねぇ、私ってどう見える?」  彼女はパッと目を開いて私を見る。彼女の視線が真剣だったので、私は彼女の姿や言動をじっくり思い出しながら考える。 「ええっと、おしゃれな人だなと。服装がかわいらしいし。髪型も素敵ですよね。なんかうん、手間もお金もかかってそう。あとは勇気がある人、ですかね」 「勇気があるってどうして?」 「五年も付き合ってた人とやっと結婚して、それでも別れちゃったのって、けっこう大ダメージじゃないですか。傷を癒す選択肢っていろいろあると思うんですけど、それでも海外に来るってなかなかチャレンジングな選択なんじゃないかなって思います。そういうところはかっこいい気がする…」 「そう、ありがとう、うれしい。勇気があってかっこいい人になってみたかったの。だからそう見えるように振る舞おうって決めて、それでここに来たの。日本にいる時の私は、みんなに優しい意見を言えない子だったと思うのね」 「へえ、どうしてそう思うんですか」 「しょっちゅう言われてたもの。あなたは優しい優しいって。本当は優しくないところっていっぱいあったんだけど、周りにそう言われていると、そうならざるを得ないのよね」 「なるほど。職業的なものもあるんですかね。幼稚園の先生ってなんか優しいイメージです」 「それもあると思う。それを一回、全部変えられないかなって思ったの。自分がなりたかった理想ってどんなだろうって。周りからそう見られるにはどうしたらいいんだろうって」 「周りの人は関係ないんじゃないですかね。自分がなりたい人と同じになれれば」  周りに人が増えてきて、私たちは押されるように歩きだす。 「自分は他人から見える通りの自分になるものだと私は思ってるの。周りからの期待というか、プレッシャーというか。こうして欲しいっていうのがきっとあって、その総量が増えると、私はそういう人になっていく気がするの」  彼女の話がよく分からなくて、私はうなずきながら、ただ聞いていた。 「彼氏が、私に優しさをずっと求めていたのよね。それに私も合わせて、優しい人になろうなろうってがんばってた。でも、一緒に暮らしてみたら、私は本当は優しい人じゃないんだ。優しい人になんかなりたくないんだってことに気づいてしまったの。それで急に苦しくなっちゃったのね」 「へええ、本当はかっこいい人になりたかった?」 「うん、ずっと昔からそうだったみたい。でも、目がちょっと垂れてるでしょう。それが優しく見えるみたいで、みんなに優しさを期待されてたのね。期待されてる通りにしてると喜んでもらえたから、それでいいんだと思ってた」 「彼氏さんに、その気持ちも話したんですか?」 「うん。あなたがいると、優しい自分をいつも作ってしまうから、そうじゃない自分になってみたいって言ったのね。そしたら、変わった君を愛せるか分からないけど、変わりたい君は応援したいから、一度別れようかって言ってくれたのね」 「あっ、彼氏さんから言ってくれたんですか」 「ふふ、優しい人よね。だから好きになったんだけど」  彼女は一度も染めたことなかった髪を染めてパーマをかけ、真っ赤な革のバッグを買ったんだそうだ。 「いつもは白とか薄いピンクとかしか選ばなかったの」 「優しい色ってことですね」 「うん。今はまだ、かっこいい自分にちゃんとなれるか分からないんだけどね。でも自分を変えるなら、自分がどう見えるかを変えて、周りの人にイメージで手伝ってもらうのがいいって思うのよね」  国立美術館の入り口に着き、私は一緒に入らずにここで別れることにする。閉館まであまり時間がないので、改めて時間を取って来たい。別れ際にちょっと気になって聞いてみた。 「もし、別れた彼氏さんが、かっこよくなったあなたと付き合いたいって言ったら、もう一度付き合いますか?」 「そうね、もしそう言ってくれたら嬉しい。でもたぶん、私たちはもう、ちゃんと違う人をパートナーに選べると思うわ」 =+=+=+=+=+=+= ここまで読んでいただきありがとうございます! 3冊目出したので、物語が気に入ってくれた人はこちらもどうぞ。 ▼旅の言葉の物語Ⅲ/旅先で出会った55篇の言葉の物語。 https://amzn.to/3gCQ7VJ ▼エブリスタで非公開のお話が20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 (今後書くお話も含めて20話になります)
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