ニューヨークのライターに聞いた「伝えたいことを伝えるテクニック」の話

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ニューヨークのライターに聞いた「伝えたいことを伝えるテクニック」の話

 ピンク色のロングコートを着た女性がニューヨークのマンハッタンを歩いていた。尖った三角のサングラスをしていて、ほとんど白くなっている髪には羽のついたグレーの帽子が乗っていた。すごくおしゃれな人がいるなぁと思っていたら、その彼女に話しかけられたから驚いた。横断歩道の向こうからまっすぐ私のところに歩いてきて「ハイ、あなた、その服どこで手に入れたの」と聞いてきた。  私は足元が膨らんだタイのズボンに花柄の着物を羽織っていたので、ちょっと目立ったのかもしれない。着物は普段着なわけではなく、ニューヨークで初めて個展をやっているので、自分自身が広告塔になるつもりで着ていたのだ。ロサンゼルスでは歩いているだけで数人に「その服、どこで買ったの?」と言われた。ニューヨークならもしかして、もっと多いかもしれない。話しかけてきた人全員に個展のポストカードを渡すつもりで準備していた。 「これは、日本から持ってきたやつです」 「あら、じゃあ買えないのかしら」  赤いハイヒールを履いた彼女は、もともと高い身長がさらに上がって見下ろされるようだ。ものすごくパワフルな女性で、私はちょっと気後れする。 「時間あるかしら。ちょっと布を見せてもらいたいの」 「いいですよ」  私たちは横断歩道を渡り切った道の隅に立ち止まる。私が着物を脱いで彼女に渡すと、彼女は生地の手触りを確認した後に私に返す。写真を撮っていいかと聞かれたのでオーケーすると、彼女は着物を着ている私も含めて何枚かの写真を撮った。 「おもしろいわ、ありがとう」  私は持っていた布の袋から個展のカードを出して、去ろうとする彼女に渡す。 「ちょうど今やってるので、もしよければ」 「あら、アーティストさん? ありがとう、いただくわ」  明日から出張だから行くことはできないが、とても興味深いし、成功を祈っていると言われる。社交辞令であっても嬉しい。もう少し話がしたくて、私は彼女に質問する。 「デザイナーさんかなんかですか?」 「デザインは関わってたことがあるけど、今はライター、編集者かしらね」 「ライター! いいなぁ。ええっと、一つだけいいですか、質問」  あまり時間をかけさせるのも申し訳ないと思いつつ、でもこういう人と話せる機会もなかなかない、と思って私は質問をひねり出す。 「なにかしら」 「伝えたいことを人にうまく伝えるのってどうしたらいいんでしょうか。自分が思うことを他の人に分かってもらうため、分かりやすく伝えるテクニックとかあれば教えて欲しいです!」 「ああ」  彼女は少し考えてから口をひらく。 「あなたの知りたいこととは違うかもしれないけど、伝えたいことがあるなら、一万回でも言い続けるって決めることじゃないかしら。いろんな手段で。だいたいの人はそこまで伝えたいことなんてないし、多くのメディアもそこまで伝えたいことがあるわけじゃない。  一つの記事でなにもかも伝わるなんてことはないでしょ? これまでに読んだ記事の中で、今も覚えてるようなのっていくつあるかしら。本は? 何冊くらい記憶に残ってる? 実際に読んだ冊数からするとかなり少ないんじゃないかしら。あるいは、読んだことは覚えていても、内容は記憶に残ってないとかね。  伝えたい一つのことを、一万回くらい、いろんな手段で伝えつづける。そうすると、ようやく全体像が伝わるって感じだと私は思ってるけど。メディアが本当に伝えたいのは世界観だもの。  もし、アドバイスができるとするなら、すべての創作物、発信に対し、あなたの伝えたいこと、を意識すること。その生活が身体に馴染むと、あなた自身が世界観になるわ。  答えになってるかしら?」  私がうなずくのとほとんど同時に、彼女は軽くウインクをして笑顔を見せて去って行った。 =+=+=+=+=+=+= ここまで読んでいただきありがとうございます! 3冊目出したので、物語が気に入ってくれた人はこちらもどうぞ。 ▼旅の言葉の物語Ⅲ/旅先で出会った55篇の言葉の物語。 https://amzn.to/3gCQ7VJ ▼エブリスタで非公開のお話が20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 (今後書くお話も含めて20話になります)
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