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母娘の縁を切りたい女性が「自分が成功したらやりたいこと」の話
恋人の愚痴をいつも聞かされると言って、彼女はとても苛立っていた。彼女にメッセージを送って来るのは彼女の母親で、新しくできた恋人は娘の彼女よりも五歳くらい年下だった。
「考え方が幼いっていうけどさ、二十歳以上年下なんだよ? 幼いっていうか価値観の違いだと思わない?」
彼女は黒い毛糸の帽子をかぶり直し、足を組み替えてため息をつく。私たちは上海で開催されるギャラリーのオープニングに参加するため、一緒にタクシーに乗っていた。彼女はギャラリーオーナーと友人で、上海でアート系メディアのライターをやっている。中国人ではなくて、確かイタリアかオーストリアから来ていたはずだ。
「ここ最近、ずっとイライラしちゃってるんだ。ごめんね、こんな話ばっかりで」
本当はもっと楽しい話をしたいのに、自分でも収まりがつかないのだと彼女は言った。
「愚痴って聞いてても楽しくないですもんね」
「そうだよねぇ。でも今は、誰かがうまくいってる話を聞いても苛立っちゃうかもー」
急に仕事が減ってきていて、国に戻るか迷っていると彼女は言っていた。もう少し仕事を増やさないと、ここでは暮らしていけないのだと。
「自分がうまくいってない時って、他の人のグッドニュースに苛立っちゃうのよね。私って心狭いなぁ」
「そういうの、誰でもあると思いますよ。すごくうまくいってる人は、周りの人のことみんなうまくいけって思ってるんですかね」
「分かんない。そんな最高に人生うまくいったことってないもの」
うーん、と唸りながら私たちはお互いにうまくいった未来を想像してみることにする。
「自分がうまくいったら、自分でもできるんだから誰でもできるよ、やってみればいいのにって思いそうな気がしてきました」
私は彼女のピンク色のパンプスを見ながら言う。
「へえ、そうなるのか。だから嫉妬するとかないのかもね、うまくいってる人って。私は、もしかしたらちょっとひどいかもしれない」
「何が? なんでですか?」
「母のことを考えたの。うち、一応実家があるからさ、国に戻ったらそこに帰るのよね。でも、本当は戻りたくない。もし、自分の仕事が軌道に乗って戻らなくていいなら母娘の縁を切りたいくらいなの。戻るたびに新しい恋人がいるし、母はいつも文句言ってるし」
彼女はとても美人だ。顔立ちというより、人目を引く強い輝きみたいなものが彼女にはあった。たぶん、彼女のお母さんも同じように魅力的な人なのだろう。
「愚痴を聞くのはすごくイヤ。そう言っても分かってくれないし、娘なんだからそのくらいやってよって言われるし。親孝行しなきゃって義務感もなんか感じてるし、でもこのまま仕事がなくなったら、結局頼らないといけないし」
彼女は母娘の縁を切りたいと思っているんだろう。同時にそう考えてしまう自分をひどいと思っている。
「そしたらさ、もしすごくうまくいったら、お母さんと一緒にいたいって言ってくれる男の子を雇ったら?」
「えー、あはは、なにそれ」
「もしも大金持ちになったら、そのくらい叶うよ。そしたら愚痴も聞かなくていいし、お母さんと暮らしたい男の子も楽しく暮らせるんじゃない?」
「そっか」
彼女は組んだ足に両手をかけて、つぶやいた。
「私がやらなくてもいいのか」
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
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(今後書くお話も含めて20話になります)
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