女性起業家に聞いた「最初に喜ばせるのは目の前の人じゃないほうがいいかも」の話

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女性起業家に聞いた「最初に喜ばせるのは目の前の人じゃないほうがいいかも」の話

 10年つづく企業は数パーセントしかないと聞いたことがある。起業するのは簡単でも、ずっとつづけていくのは難しい。起業に限らないかもしれない。なんでもつづけていくのは難しい。 「ビジネスだと他者目線が大事って言うじゃないですか。自分は作品をつくるのが好きだけど、それって自分目線しかないし、それを続けていても誰にも気に入ってもらえなかったら先に進まない気がするんですよね」  ご縁があって話を聞けたのは、起業してちょうど十年になるという女性だった。東京神楽坂にあるレストランで食事をご馳走になりながら話を聞く。獣医からアーティストという経緯に興味をもってくれ、一度ごはんでも食べに行きましょうと誘ってくれたのだ。  彼女は茶色の髪を頭の上でまとめていて、黒のスーツにピンク色のパンプスを履いていた。片耳に文字をあしらった金のピアスが揺れる。 「お客さんのことをちゃんと見るっていうのは、すごい大事なことよね。でも、作品をつくる人とはちょっと違うかもしれないけど。特にアートとかは、市場が求めてないことをやるからこそ価値なんじゃない?」 「それは本当にそうなんですけど、作品を伝えるっていう部分では相手のことを考えないといけない気がするんですよね。うまく説明してくれる人がいればいいけど、そういう人に見つかるのを待ってもいられないし」 「ああ、なるほど。あなたは特に文章が割と得意だから、両方の目線をもてるならそれもいいかもね」 「はい。ブログとかも昔から好きでけっこう書いてますけど、いつも自分が楽に書くだけで誰が見るわけでもないから、もうちょっと他者目線を持って書けたら注目も集まりやすい気がするんです。お客さん目線のコツってなんかありませんか?」  頼んでいた魚料理が出てくる。焼き魚にお刺身、タコのマリネが鮮やかでとても美味しそうだ。飲み物で軽く乾杯し、私たちは料理に手を付ける。箸がすごく細く美しくつくられていて、お店の細やかなこだわりが感じられた。 「どうしたら相手が喜んでくれるかっていうのを、何かするたびに考えて実行する、シンプルにこれを繰り返していくといいと思うよ」  何かを紹介するときに、つい自分が言いたいこと、自分について知って欲しいことを書いてしまいたくなるけど、それが相手にとって知りたいことかを考え、自分が言いたいことは書かないという選択ができるようになるといい、と彼女は言った。 「他者目線って習慣化することが一番大事だから。相手にとっていいことをいっつも考える癖みたいなのがつくといいよね」 「そうかぁ、そうですね。目の前の人を喜ばせる意識をいつももってるってことですかね」 「あー、それはちょっと違うかも。いや、違うわけじゃないけど」  彼女は焼酎を追加注文してから話を続ける。 「目の前の人を喜ばせるっていうより、まずは自分が喜ばせたい人を喜ばせるって考えるといいんじゃないかな。目の前に来た人が興味ない人だったり、あんまり好きじゃない人だったりすることもあるわけじゃない? みんなを喜ばせたいっていうのは素晴らしいことなんだけど、最初からそれをやると続かない気がするの。興味がない人を喜ばせようとして疲れちゃったり、喜んでもらえなくてイライラしちゃったりね。だからね、最初に喜ばせたい人を選ぶといいって私は思ってるわ」 「選ぶ?」  どういう基準で選んだらいいのか、いまいちピンとこない。 「そうそう。それが、自分が喜ばせたい人ってことね。つまり、自分が好きなものを一生懸命応援するってこと。アートが好きだったら、好きな作品の魅力が伝わるような紹介の仕方をする。たとえばこのお店が好きなら、このお店のどこがいいかを書くとかね」 「なるほど、分かりやすいです」 「自分が好きなものを応援するのって自分でも気持ちいいから、けっこう見返りを求めずにやれるのよ。自分の好きなものが喜んでくれるにはどうしたらいいか、っていう視点で動くと、好きなものと関われた時に自分がうれしいでしょう? 好きなものを応援するだけで自分は見返りを受け取ってるから、それ以上を求めないものなの。好きなものが喜んでくれたらすっごく嬉しい、みたいなね。  慣れてきたらなんでも喜んでもらえる視点になってくると思うけど、最初は自分の好きなものが喜んでくれるように、っていう視点で動くといいと思うわ」  頼んでいた焼酎がきて、彼女はこぼれないように気をつけながら口にする。 「好きなものから入ると、間違って傷つけないようにって気をつけるし、そういうバランス感も学べるしね!」 =+=+=+=+=+=+= ここまで読んでいただきありがとうございます! 3冊目出したので、物語が気に入ってくれた人はこちらもどうぞ。 ▼旅の言葉の物語Ⅲ/旅先で出会った55篇の言葉の物語。 https://amzn.to/3gCQ7VJ ▼エブリスタで非公開のお話が20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 (今後書くお話も含めて20話になります)
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