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休んでると思ってた時に聞いた「休むときは心も一緒に休めるのよ」の話
日本人は働きすぎ、せっかくこんなに美しい場所に来てるのに、なんで外に出ようとしないんだ。海外にいるとよく言われることだ。新しい場所に来て、大自然いっぱいの森の中に暮らすような時でも、私はだいたいアトリエにいて何かを創っている。そういう生活が好きだし、それでいいのだと私は思っていた。
中国の上海でのアーティスト・イン・レジデンスに参加した時、大きなチャンスがあった。私が着いたのは二〇一八年がレジデンスの五周年で、新年に大きなイベントが開かれることになったのだ。私の作品はその時に販売される作品の一つに選ばれた。アートディレクターはイベントのテーマに合う小さくてカラフルな作品を探していて、私の作品がそれにちょうどあったのだ。
百枚つくって欲しいというオーダーを受けた私は、展示した時のインパクトを出したくて、全部で千枚出すことに決めた。展示の日まで一か月ちょっとあったので、間に合うだろうと思っていたのだけど、この時の私は自分の制作速度を全然把握していなかった。年末年始は深夜まで作業していたが、それでも千枚をすべて完成させるのは難しく、完成させない状態も見せるような企画に変更し、オーダーの百枚と少しを完成させた状態で展示に臨む。それでも壁一面が作品で埋まったので、イベントではとても喜んでもらえた。
イベント当日の夜、まだお客さんも多く残っていた深夜、私は疲れ切って自分の部屋の隣の図書スペースの長椅子で休んでいた。自分の部屋で休めばいいのだけど、お祭りのような夜だったので、まだ終わりにしたくないような気持ちがあった。みんなはキッチンにいる。少し休んだらもう一回行ってみよう。長椅子に横になっていると、人が来たので身体を起こす。フレアスカートにグレーのロングコートを羽織った真面目そうな印象の女性だ。茶色の髪と白い肌だけど、どこの国の人だろう。
「あら、あなたさっき下の階にいたアーティストさんよね? 寝てていいわよ、疲れたでしょう」
「すみません」
身体を起こしたら少し目まいがしたので、私はもう一度長椅子に横になる。
「私、初めてここに来たから、ちょっとこの辺見てたいんだけどいい? いなくなったほうがいいかしら」
「大丈夫です。すみません、こんなところで寝てて」
休みたければ隣が自分の部屋だ。部屋に戻ればいい。彼女はうなずいただけで話しかけずに、図書室の本を見ている。目をつぶってしばらくしたら、気分も良くなったので、私は再び身体を起こす。
「あら、もう起きて平気?」
「はい。ちょっと休みすぎちゃいました」
「休めたような顔してないけど?」
顔が疲れてるのだろうかと思い、私は自分の顔を手で押さえる。
「いらっしゃる前にもけっこう寝てたんですけどね」
「身体じゃなくて、気持ち」
彼女は私から少し離れたところに座る。
「休むっていうのは、心も身体も両方休めることよ。特に心を休めるのが大事。だいたいの人は身体を休めただけで休んだ気になってるからね」
「心を休めてないですか?」
「そう。横になってても、明日はあれしないと、これをやらないとって考えてない? 休むと決めた時は、そういうのも一切考えずにちゃんと休むの。将来の心配もしない、仕事の心配もしない、家族のことも考えない、ただ、休むっていうこと。意外とみんなできてないのよ。みんな身体を休めたつもりで休んだ気になってる」
言われてみると横になりながらずっと、いったんキッチンに行って人が多すぎたらやっぱり休むことにしようかとか、展示の片づけはいつから始めてとかをずっと考えていた。昨日からずっと頭痛がしているし、薬を飲んでも収まらない。
彼女は私の頭を軽く撫でるようにして言う。
「休むって決めたら、心もちゃんと休めること。心がちゃんと休まったら、身体も休まってるからね。心を忙しくしないことが大事よ」
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
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