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情熱を傾けられることを探したいと言ってた女の子の「自分をからっぽにして埋まることがやりたいこと」の話
オーストラリアの語学学校での授業終わりに、学校見学に来たという韓国人の女の子から質問を受けていた。いくつかの語学学校を見学しているが、どこがいいか選びかねているという。
「いろんな国の人と出会うっていう意味では、大きい所に行った方がいい気がするけど、なんか希望はあるんですか?」
「英語、あんまり上手じゃないから、難しくないところがよくて」
「そしたら、この学校いいかもしれないですよ。まだ新しいから授業がけっこう少人数です。その分、先生も丁寧に見てくれるんじゃないかな」
「そうね」
彼女は椅子に座ったまま両足を伸ばす。サンダルから赤く塗られた彼女の足の爪がのぞいていた。少しパーマのかかった茶色い髪をなでながら、彼女は言う。
「勉強、楽しい?」
「えー、うーん。それは分かんないけど、いるうちになるべく英語話せるようになってたいなとは思ってます」
「毎日勉強してる?」
「うん、してる」
なんとなく生きてるとどんどん時間が経ってしまうので、少しでもスキルを身につけたいと思って、家に帰ってから毎日勉強していた。授業では文法も英語で習うので、現在完了とか過去完了とか文法用語の英語が分からなくて、授業についていくのが必死だった。
「勉強、楽しい?」
「楽しいかは分からないけど、できるようになったら楽しそうな気はする」
「そっかあ」
彼女は人生でどうやって生きたらいいか分からなくなったからオーストラリアに来たと言っていた。
「生きる意味がよく分かんなくなっちゃって。そしたら友達がからっぽになるといいよって教えてくれたの。自分をからっぽにした時に、自然に埋まるのが人生で一番したいことだって」
彼女は電子辞書を使いながら言葉を組み立てる。からっぽになりたい、という言葉の意味が私はうまくくみ取れなくて聞き直す。私たちはパソコン室で話していたのだけど、ちょうど韓国人のクラスメイトがパソコンを使いにやってきたので、私は彼に通訳を頼む。
「からっぽってどういう状態?」
「あらゆる義務を全部捨てるといいって。そしたら、自分がやりたいことがちゃんと分かりはずだからって」
「へえー」
「仕事を辞めて何もかもが新しい環境に来て、誰も知り合いがいなくなったのに、まだいろんなことをしようとしちゃうから」
せっかくオーストラリアまで来たのに、自分が遊んでいるような気がしてしまって、とても焦ってしまうと彼女は言った。
「勉強しなきゃっていう焦りがあるけど、同時に、それじゃあからっぽにならないっていう焦りもあって、どうしたらいいか分からないの」
彼女の友達は、そのやり方で自分の進む道を見つけ、今は精力的に働いているのだと言う。そういう姿を見て、彼女は焦ってしまうそうだ。自分も何かに情熱を傾けないと、でも何に傾ければいいのかと。
「一日だけからっぽにするとか決めたら?」
通訳してくれていた男の子が言う。
「たぶん、ずーっとやりたいことが見つからずにこのままだったらどうしようって思うから焦るんだよね? だから、一日とか一週間とか、割と短い期間を決めて、その時間だけ何もせずにからっぽにしてみて、自分と向き合ってみるとかはどう?」
その言葉に彼女は少し落ち着いたようだ。休んでいる時間に、周りの人から置いていかれるような気がしてしまうのが焦りを生んでしまうんだろう。彼はつづけて言った。
「学校も一週間単位で入学だからちょうどいいんじゃない? 人生で一週間だけからっぽになってみるのもいいかもよ。僕もやってみたい」
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
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