スイーツを盛りつけるのが好きな女性の「やりたいことがあっても動き出せない時に考えること」の話

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スイーツを盛りつけるのが好きな女性の「やりたいことがあっても動き出せない時に考えること」の話

 学生時代、友達に学校の近くにあるカフェのことを教わった。いろんなカップがカウンターに並んでいて、自分の好きなカップで飲むことができるカフェで、陶器が好きな私にとっては天国みたいな場所だった。最初は友達と一緒に来ていたが、そのうち一人でも来るようになった。自分にはちょっと高いコーヒーを、数か月に一回くらいで飲みに来る。お気に入りの小説を誰にも邪魔されないまま、コーヒーの香りの中で読むのは、最高の時間だった。 「仕事の優先順位はちゃんとつけられるんだけど、人生の優先順位はいつも後回しになっちゃうのよね」 「分かるー。仕事はそれなりに充実もしてるけど、私の人生って仕事が優先だったんだっけって」  少し離れたところで二人の女性が話していた。一人は赤いカップ、もう一人は模様の多いカップを手にしている。 「キョウコの優先順位ってなに? 今はなにが一番?」 「私はお菓子作りをもっと究めたいんだよね」 「ああ、昔から上手だったし、よく作ってくれたよね」 「うん。最近気づいたんだけどさ、私って作るよりも盛り付けが好きみたいなの。だから、お菓子作りじゃないか。スイーツのおいしい見せ方をいろいろやってみたいんだよね」  器に凝って、花を添えたようなスイーツを見るのが好きなんだと彼女は言った。 「わー、それいいねー。写真撮ったら私にも見せて?」 「うん、もちろん。だけどさ、最近は全部後回し。デコレーションする用の和紙を買ったり、参考になりそうな本を買ったりしたけど、ぜんぜん見てもいないし」 「仕事、忙しいの?」 「今までとそんなに変わらないよ。だけど、なんか妄想は膨らむのに動き始められなくて。疲れちゃってるのかな、毎日」  彼女はそう言って、赤いカップに入ったコーヒーを飲み干す。 「そういう時ってあるよね。でもさ、人生ってなんだろうね」  もう一人の女性は、両親から早く結婚するようにと急かされていると言った。でも、彼女自身は子育てをしたくないのだと言う。 「私ね、自分で私小説を書きたいの。売れるとか出版とか考えているわけじゃなくて。ただね、自分の人生を文字で残してみたいの」 「へえ、初めて聞いた。素敵じゃない」 「つまんないよ、絶対」 「つまんなくないよ。自分の人生なんだから。いいよ、そういうの。私は好き。どんどんやったらいいと思う」 「そう思ってるけど、私もぜんぜん、何も始めてない。いつかやりたいなって思ってるだけだから、何もしないままいつの間にか死んじゃってるかも」 「私たち二人とも、いつかって思いながらどこにも進まない感じだね」 「そうだねー。十年後もこうやって一緒にコーヒー飲んでたりするかな」 「ふふ、どうだろうね。でもさ、人生ってジグザグに進んでくものかなーって今は思ってる」 「ジグザグ?」 「ちゃんと動けてないかもしれないけど、私たちって一応、こういうことしたいなっていうのがあるわけじゃない。ずっと持ってるか分からないけど、きっとすぐには捨てないと思うの。そしたら、あっちこっちにぶつかりぶつかりしながらでも、ちゃんとそっちの方向に進むんじゃないかなって」 「ああ、ジグザグしながら、でも方向は合ってる、みたいな感じ?」 「そうそう。これをしたいって確認することをやめないようにして。そしたら一か月に本当にちょっぴりでもなんかやるかもしれないでしょう。私はすごく器用なほうじゃないから、そのくらいでいいかって思って」 「私も。直線コースをぐいぐいは進めないけど、私小説を書きたいのは小学生の頃から思ってることだし、すごーくゆっくりだけど、小説の書き方とかいっぱい読んで短い話を書くとかはやってるの」 「へえ、知らなかった。ちゃんと動いてるんだ」 「すごーくゆっくりね」 「ゆっくりでいいよ。ゆっくりがいいよ」 「そうだよね」  ジグザグでもちゃんと行きたい方向に進んでるんだから。彼女たちが残した言葉を、今でも時々思い出す。 =+=+=+=+=+=+= ここまで読んでいただきありがとうございます! 3冊目出したので、物語が気に入ってくれた人はこちらもどうぞ。 ▼旅の言葉の物語Ⅲ/旅先で出会った55篇の言葉の物語。 https://amzn.to/3gCQ7VJ ▼エブリスタで非公開のお話が20話読めるのがこちらのマガジンです。 https://note.com/ouma/m/m018363313cf4 (今後書くお話も含めて20話になります)
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