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同性カップルの片割れが感じていた「遊んでいる自分に罪悪感を感じてしまう時」の話
思い返してみると、彼女たちとはとても長い話をした。上海のアートホテルに滞在していた時に出会ったアーティストと彼女の友達のエンジニアさん。二人は女性で、恋人同士でもあった。
見た目はどちらも女性らしいやわらかさがあるのだけど、二人とも心は男なのだと言い切っていた。私はそれをとても素敵なことに感じて、でもどちらでもいいと思っていた。 彼女たちは自分たちのことを「SHE」と呼び合っていたし、なんて呼ばれるかは彼女たちにとってはあんまり重要でないのだと思った。
「彼女は勤勉だから、制作に行き詰まって罪悪感を感じちゃうことがあったよ」
アーティストがエンジニアの彼女を指さして言った。
「私、勉強するの好きだからね」
「うん、ずっと勉強してるよね」
「プログラムってさ、できるようになった時の成果が感じやすいんだよ。前は動かなかったものが動かせるようになったり、なんでエラーが出るのか分かったり。正解が分かりやすいというか。だから、正解がない世界で生きてる人に憧れちゃうのね、私は」
隣の芝生みたいな感じだなぁと思いながら、二人を見る。やっていることは正反対のようで、お互いにリスペクトするものが多いのだろう。二人の態度からそんな様子を感じた。
「私にとっては勉強が遊びみたいなもんだからね」
「うん、すごいよ。どんどんいろんなことできるようになってるし、私はゲームにハマって廃人みたいになることが定期的にあるからさ、横で見ててすっごい罪悪感でいっぱいになる」
「なんでよ。なに、私も遊んだほうがいい?」
「違う、ごめん。責めてるわけじゃなくてね。その状態を俯瞰して見た時に、なんでこんなに楽しんでる自分を許せないんだろうって思ったの。自分の人生を楽しんでていいじゃない。何してたって好きなことすれば。なのに、一番それを許せてないのって自分かもしれないって思ったんだ。
アートで結果が出てない時って、自分が好きなはずのお菓子作りも映画もゲームも、急に楽しくなくなっちゃって。なんか焦ってるような気もして。だからこそアートに向き合わないといけないのに、うまくいってないからそれもできない。
だから、苦しかった。遊んでちゃダメ、遊んでちゃダメって自分で繰り返して」
「今は許せるようになったの?」
「うん。一生遊ぶわけないって分かってるから。私はアートをやる人だし、一生ゲームだけやるわけじゃない。アートでチャンスがきたら、何があっても必ずそっちを選ぶ。だから、何をしてもいい。だけどね」
彼女は皿に残っていたチーズケーキを一口で全部食べ切ってから言う。
「アートで何をしたいのかをちゃんと思い描いて、何をしている時もその答えが見つかるように意識を向けるようにしたの」
彼女はメディアアートを専門にしていて、生命の概念をデータに拡張しようとしている。
「ゲームはバーチャル生命だし、お菓子の制作は生命誕生。そういう風に考えて、自分がやることを全部、自分がやりたいことと関連付けて考えるようになったの。たったそれだけで、これまでは許せなかった寝坊も、ただぼーっとしてるみたいなことも、全部許せるようになった」
「そっか、自分の中でなんか統合された感じだね」
「うん。許せなかった時は、つながりを見つけられてなかった時。自分のやりたいことにつながる糸を決められたら、なにしててもいいんだって分かったの」
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
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