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「あの子がいなくなりました。これで良かったんですよね」 清々しい表情を浮かべた彼女の腕には一冊の本が大切そうに抱えられている。それは、数時間前に嶺二(れいじ)が差し出したものだ。 遅かれ早かれ、こんな日が訪れるだろうことを予想はしていた。けれど、昨日の今日——たった数時間で、またこの本にお目にかかるとは露ほども思っていなかった。 三百頁(さんびゃくぺーじ)を越えるハードカバーのその本に、おもむろに視線を向ける。どうしてこんなに早く? 確かに『そこ』に存在している『彼』に問いかける。けれど『彼』は頑なに答えない。それならそれで仕方がない。 「大丈夫。また逢えますよ」 彼女や嶺二が重ねてきた時の長さなど比にならない。そんな遥か昔から存在しているこの本は、きっと彼女に出逢う為に生まれてきたのだろう。どうしてかそう思った。 背表紙は淡い桃色から濃い桃色へと順々に混ぜ合わせていった様な複雑なグラデーション。甘くて柔らかいだけじゃない——どこかほろ苦い『彼』の性格を表している様な気がして、嶺二はゆるりと口角をあげた。
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