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警備のおじさんに軽く会釈をすると、お疲れ様。と声を掛けられた。お疲れ様です。と答えながら、今日、最後に言葉を交わすのはこの人か。と、ふとそんなことが頭に浮かんで、なんだか感慨深くなった。
従業員通用口の無駄に重たいドアを押し開けて外に出る。見上げた空には細く欠けた月が雲に腰掛けている。あの月の形はなんと言うんだっけ。数日前が新月だったから——三日月で良いのだろうか。
上弦の月。十三夜月。立待月。下弦の月。三十日月。
——月の名前を考えていたら見事にバスに乗り遅れた。どうせ急いで帰ったところで何かすることがあるわけでもない。明日は休みだ。薄暗くてスリリングな夜道を一人で歩くのもたまにはいいだろう。
バス停に背を向けてカバンを肩にかけ直す。足を踏み出すとヒールの音が暗闇に溶けた。
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