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道端に幾つも重ねられた段ボール箱が、次々と崩れ落ちてきたのは予想外の出来事だった。 歩き慣れた商店街の道をゆったりと歩いていた柚月の足元には沢山の本が散乱している。月の名前を考えながら歩いている私ってロマンチック。などというふざけた戯言(たわごと)はどこかに吹き飛んでいった。 「あー、あー、あー。ごめんなさい、ごめんなさい。お怪我はありませんか」 「大丈夫です。とりあえず」 倒れなかった段ボール箱タワーの陰から、ひょいと姿を現した青年が柚月の安否を軽いノリで確認する。静まり返った商店街に、彼のハイテンションはなんだか不釣合いだ。 「それは良かった。こんな状況で無傷だなんてあなたはラッキーガールですね」 親指を突き立てた青年は破顔(はがん)したけれど、柚月はそれには応えなかった。心臓がまだドキドキしている。とても笑える状況ではない。 「あ、そうだ」 彼はぽんとひとつ手を鳴らすと思い出した様に一枚のチラシを差し出した。どこにでも売っているコピー用紙に、太めの筆ペンで『貸本屋はじめます』と書かれている。 「貸本屋? 」 「はい。貸本屋です。本はお好きですか? お好きじゃありませんか? まぁ、お好きじゃなくても一度いらっしゃってください。どどーんとサービスしますから」 彼の名前は今井(いまい) 嶺二(れいじ)と言うらしい。道端に散らばった大量の本を、彼と一緒に片付けてから帰宅した時——すっかり夜は更け、身体は気怠く、楽しみにしていたドラマは放送時間が過ぎていた。 「今日も疲れたな……」 乳白色の湯に浸かってから、ソファに背を預けてアルコール度数9%の缶酎ハイをダラダラと喉に流し込む。 「今日も頑張ったねって言ってよ。誰でもいいから」 口から溢れた言葉に自嘲気味に笑うと、柚月は一気に缶を傾けた。
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