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10、9、8……。 腕時計の秒針を眺めながら高橋(たかはし) 柚月(ゆづき)は心の中でカウントダウンを開始する。 レジ金の点検も済ませた。日報も記入済みだ。あと数ステップで閉店業務が全て完了する。そうすれば、後は帰って寝るだけだ。 7、6、5、4……。 「ねぇ、高橋さん。入金お願いしてもいいかな。私、彼氏が迎えに来てるんだよね」 彼氏が迎えに来ていようが来ていまいが、入金を押し付けて早々に帰宅していることを忘れてしまったのですか? という疑問をぐっと腹の中に押し込めて、分かりました。そう答える。 もちろん、そんなことを考えているなどと相手に勘付かれてはいけない。口角をゆるめ、柔らかく目を細める。不自然になってはいけない。あくまでも自然に——自然に微笑むのだ。 3、2、1……。 店舗の入り口に面した通路の照明が暗くなった。今日も時間通りだ。その光景をレジカウンター内から確認した途端、ふぅと息が漏れた。あと少し。あと少しで帰れる。 「じゃあ、入金とスタッフルームの戸締り宜しくね。お先に」 ブランド物のバッグを見せびらかす様に、店長の川野(かわの)が手を挙げた。確か、彼氏に買ってもらったと言っていた——気がするけれど記憶が曖昧だ。 「お疲れ様です」 「本当、高橋さんが良い人で良かった」 ぺこりと頭を下げた柚月の頭上にそんな言葉をふりかけた後、川野は跳ねる様に歩いて行った。 柚月は彼女の背中から視線を動かしレジのボタンを人差し指で押した。次々と流れ出てくるレシートを回収しながら、良い人? あぁ、都合の良い人ってことか。と妙に納得していた。
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