page 2.

1/4
31人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

page 2.

昨今。世の中がおひとりさまに優しくなった。一人カラオケ。一人ラーメン。一人焼き肉などなど。一人◯◯は多岐にわたり、わざわざ誰かを誘わなくても存分に色々なことを楽しめる。 けれど、そんな素敵な環境にさえ適応できないおひとりさまも少なからず存在する。柚月はもれなくそのタイプだ。 「こんにちは」 カウンター内で優しく微笑んでいる図書館司書の視線でさえ、この人また来たよ。と言っているような気がする。完全に被害妄想だ。 「こんにちは。これ返却お願いします」 早速、接客業で身につけた笑顔スキルを発動してその場を乗り切る。後は人気(ひとけ)の無い席で思う存分、好きな本と共に過ごすだけだ。 海外の絵本がずらりと並んでいる棚に視線を這わせる。話の題名も内容もそれほど重要ではない。挿絵が美しければそれで良いのだ。眺めているだけで、おとぎ話の世界へと足を踏み入れられる様な——そんな本がいい。 数冊の本を抱えながら書棚の迷路を歩く。目指すのはいつもの場所だ。重厚な長テーブルが幾つも並べられているスペースの一番奥——入口から最も遠い窓際の席。やはりいつもの定位置は落ち着く。そんなことを考えながら妖精の絵本を開いた時——不意に人の気配を感じて視線をあげた。 「ここ。いいですか? 」 天使。目の前に立っている青年というにはまだ幼い表情の彼と目が合った瞬間、柚月の頭の中にその言葉が浮かんだ。窓から差し込む陽の光が彼の髪を金色に輝かせている。 「あ、どうぞ」 特等席の周囲は殆ど人がいない。わざわざ柚月の目の前に座る必要はないはずだ。そう思いながらも、きっぱりと断れないのは性格上仕方のないことだ。 「この絵本綺麗ですね」 口の横に手を当てた彼が、柚月の方に身を乗り出して小声で言葉を紡いだ。いや……綺麗なのはキミだよ。そんな言葉を飲み込んで、そうだね。と言うにとどめた。 それ以降、彼は何も話しかけてはこなかった。当たり前といえば当たり前のことだ。彼とは初対面なのだから。 大きな窓の向こうにはさわさわと揺れる木々。その葉を揺らしている風が頬を撫でている錯覚に陥る。実際のところはクーラーの風だ。彼の静かな気配を感じながら、絵本の挿絵を眺める時間は、思っていたよりもずっと心地の良いものだった。 彼が席を立った時を見計らって図書館を後にしたのは、名残惜しくなった。その言葉に尽きる。 一人時間を満喫する為に訪れた図書館で、不覚にも誰かと一緒に過ごす時間の心地良さを覚えてしまった。正確に言えば、彼と柚月は共に過ごしていたわけではないのだけれど——すぐ側に感じる彼の気配が柚月に可笑しな錯覚を起こさせた。 日々に追われて一人でいることを寂しいだなんて思わなくなった。それが強がりだったと言うことを自覚してしまった。心がキシキシと嫌な音を立てている。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!