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静かな満月の夜でした。
暗闇の中で、うとうとと夢の世界へ行きそうになるころ、画家の耳にふいに話し声が聞こえました。
それはどうやら、キャンバスから聞こえてくるようで、画家は目を開けて身を起こしました。
「きれい、きれい。あれは何というのかなぁ」
幼子のようなその声を出していたのは、キャンバスの中の化け物でした。
まだキャンバスから飛び出すことができない化け物は、その中から窓の外を見つめているようでした。
画家は、ベッドから抜け出し上着を羽織ると、月光降りるキャンバスの前の椅子に腰掛けました。
「どうしたんだい、化け物くん」
「画家さん、あれは何というの。
まぶしくって大きくて、とってもきれい」
化け物が指さしているのは、夜空にどっしりかまえる満月でした。まわりのたくさんの星を、圧倒させる大きな存在です。
「ああ。あれは月というのだよ」
「つき、かぁ。すごいねぇ、すごいねぇ」
化け物はキャンバスから身を乗り出さんばかりに、こちらに近づこうとします。
初めて見た月の光は、彼の目にどう映っているのでしょうか。画家はたずねました。
「月は好きかい?」
「そうだね、好きだね」
「なら、今日はキャンバスを窓の外へ向けておいてやろう。でも静かにしていておくれ。私は眠いのだから」
画家はキャンバスの向きを変えると、またベッドに戻りました。
うっすらと閉じゆく瞳に、月を見上げる化け物の姿が映っていました。月光浴びる化け物は、その柔らかな光を受けてうっとりとしているようでした。
翌日、側近は朝早くに画家の元へ来ました。
画家がサインを描くと、化け物はキャンバスから飛び出し、側近の持ってきた檻に入れられました。
「やぁやぁ、これはたしかにマヌケそうな化け物だ。これならば王子様も大丈夫だろう」
側近はたいそう喜び、さらにたくさんの金貨を置いて去って行きました。
画家はその後ろ姿を見送りました。
化け物はマヌケにも、檻からバイバイと笑顔で手を振っています。
画家は振り返しながら、なぜだか痛む胸元を、ぎゅっと握りました。
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