第五話  

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 たしかに、あのとき飲みに行ったおかげで、私はいろいろな情報を手に入れることができた。  うちの会社は、私が入社する前の年までしばらくのあいだ、営業部への女性の配属が止まっていた。バブルのころに女性営業を積極的に投入した時期もあったけど、あまり芳しい実績が上がらなかったことがその理由だ。しかし、ちょうど私が入社試験を受けるころは、営業強化の全社方針の追い風を受けて、ふたたび女性営業の配属を検討し始めた時期だった。  そんな事情もあって営業部門のトップである常務が面接官に加わること、そして、常務は気合い重視のイケイケ型で、多少おおげさでもやる気が全面に出てくるタイプが好きなことなどなど、手に入れた情報はとっておきの裏情報ばかりだった。  一方、そのときの私は、苦境にあえぐ就職活動のまっただ中だった。  H大剣道部という体育会の金看板は背負っていたものの、大学進学で親元を離れてからは稽古そっちのけで遊び歩いてたなんちゃって部員だったから、ろくな試合の実績はなし。おまけに大学の成績は悲惨そのものだったから、いくら就職に強い体育会系とはいえ大会社のしきいは高くて、立て続けに突きつけられた不採用に世間の厳しさを痛感させられていた。  そんなこともあって、その夜飲みにいったあと私は希望職種を営業に変えた。それまで営業職など考えていなかったけど、背に腹はかえられない。人事部にOGを探し当てたうちの採用試験は、私にとって起死回生の大勝負だったのだ。 「そんなつまんないこと、誰に聞いたのよ?」  顔をしかめて聞くと、 「総務部の大山さんよ」  と睦美は答えた。 「大山さん?」 「知らない?うちのフロアにもたまに来てるわよ。背が高くて、髪はこれくらい」  肩口のあたりを指さしてる。 「なんとなくだけど」  それらしい人は知っている。いつも庶務の子に書類を持ってきて、立ち話をしている人だ。 「ちょっと前に、誘われた合コンの主催者が彼女だったの。社内のいろんなことを知ってて、おもしろい人よ」 「おもしろい人はいいけど、なんであたしのことが話題になるわけ?」 「なんでかな?」睦美は小さく首をかしげた。「なにかの話のついでだったはずだけど思い出せないわ。ただ、彼女、朱美のことをほめてたわよ。就職活動なんて会社を相手にどうやって自分を売り込むかじゃない。情報収集だって大切な戦略だし、さすがだって」 「まあ、それはそうだけど……」  あいまいにうなずいた。  そして、「ただ」と私は続けた。 「話を戻すけど、多少の作戦はあったにしても、面接で言ったことはその場しのぎのハッタリじゃないわよ。今は営業に来てよかったと思ってるし、やるからには上を目指すのなんて当たり前じゃない」 「ハッタリとかいう気はないわよ。ただ、そこまで、あのときの言葉にこだわらなくてもいいんじゃないって言いたいだけよ。朱美のことはみんなも認めてるし、なにがなんでもトップでなくてもいいと思うんだけど」 「なに言ってんのよ。いい?世間に女性営業はたくさんいても、ほんとうに一流として認められる人なんかひとにぎりなのよ。実績をあげても、たいていは、『女のわりには使える』くらいにしか思われてないんだから。とくにうちの会社は女の営業が少ないし、いまだに女なんかに営業は無理だって思ってるヤツが多いのよ。そういうのにわからせるには、トップじゃなきゃダメに決まってるじゃない」 「そういうものかしら」 「そういうものよ」  きっぱりと言った。 「でも、トップに立つには布施さんを抜かなきゃダメなのよ」 「んなのわかってるわよ」 「簡単なことじゃないわよ。あの人って、コンスタントに大型受注を続けているし、そのうえ今期はジャニーズ工業でしょう。規模からいったら社長表彰ものじゃない」 「そうかもね」 「そうかもねって……」  言いかけた睦美をさえぎって、 「だからいいんじゃない」  私は言った。 「ジャニーズ工業だろうがなんだろうが、どうせ取れるなら大きいほうがいいのよ」 「どういうこと?」 「わからないの?今期あれだけ大きな物件が取れたら、しばらくはそれにかかりっきりになるわよね。あの人って、ほかにもいろいろ大手を担当しているし、来期はとても今のままじゃ回らなくなるわ」  すると睦美はしゃべるのをやめた。  そしてなるほどという顔をした。 「勝負は来期ってことね」 「まぁね」  私はうなずいた。  とはいえ、競うべき相手は布施主任だけじゃない。彼がトップを譲ったとしても、私がトップに立てるという保証はない。しかし、私にはある考えがあった。そして、その思惑どおりにことが進めば、来期、私には、大きなチャンスが巡ってくる。 「ま、せいぜい今のうちに我が世の春を楽しんでおくことね」  口もとに含み笑いを浮かべつつ、遠い視線で私は言った。
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