第七話  

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 とまあそんな感じでどうでもいい会話を続けていると、パーティションの入り口に人影が現れた。  数冊のファイルを手にした真面目そうな男性が立っている。年の頃なら30台半ばといった感じだ。 「松野ちゃん、遅いよぉ」  顔をしかめて虎谷課長が言った。 「すみません。前の打ち合わせがなかなか終わらなかったものですから」  松野と呼ばれた男性は、申し訳なさそうに頭を下げた。  彼は虎谷課長の下で、うちの会社の窓口をしている主任さんだった。虎谷同様痩せてはいるが、こちらは背が高くて大人しそう、課長が狐なら彼はキリンといった感じがする。  私は、すかさず立ち上がり名刺を差し出した。  受け取った松野主任もまた、上背のある体を丁寧に屈めて名刺を差し出してくる。  そうして、差し向かいでペコペコお辞儀を交わしていると、不意に虎谷課長の胸ポケットから着信音が聞こえた。  内線で使っているPHSのようだ。  短い通話を終えると、課長は渋い表情を浮かべた。 「もたもたしてるから次が来ちゃったじゃないよ」  次にアポを入れた業者が受付に来たということらしい。  後は任せるからと松野主任に告げ、彼はテーブルを立ち上がった。 「やけに上機嫌でしたね」  虎谷課長の姿がパーティションの向こうに消えると、松野主任が小声で言った。 「新しい担当が、よほどお気に召したようで…」  布施主任は、そう答えると横目で私を見た。  私は明後日の方に視線を向けて、首をすくめた。 「田代さんのことをですか?初対面なのにすごいな」  松野主任は盛んに感心している。これだけ言うということは、最初の印象通り、普段はそうとう気むずかしい人なのだろう。  ちょっとやり過ぎかと思ったけど、とりあえずの掴みはオッケーみたい。扱いづらい人であればあるほど、懐に入ったときのメリットは大きいものだ。私は内心ほくそ笑んでいた。  その後の打ち合わせは、布施主任と松野主任のふたりの会話で進んだ。  松野主任は、布施主任が担当を外れることをかなり寂しがっている様子で、「布施さんには、ホントにお世話になってばかりで」と何度も繰り返した。あんなことがあったとか、こんなこともあったとか、思い出話をしているのを聞いていると、虎谷課長からの無理難題に苦しむ松野主任にとって、布施主任はよき相談相手だったのかもと思った。  そして別れ際、 「あの、これ、餞別というわけじゃないんですけど……」  松野主任が、布施主任へと一枚のDVDを手渡した。 「これは?」 「1990年のWM戦ですよ。布施さん見たがってたでしょ」 「あの、ロスタイム同点トライの?」 「友だちにビデオを持ってるヤツがいて、借りてダビングしたんですよ。画質は悪いんだけど、それもまた雰囲気あるかなって」 「わざわざすみません。もう一度見たかったんですよ。これ」  布施主任が活き活きした笑顔を浮かべるのを、私は隣からのぞき見ていた。  この人のこんな表情を、前にも一度見たことがある。  空腹でへたりこんだ私を彼が介抱してくれた夜、オフィスの喫煙用ソファで高校時代の話をしたときのことだ。  ぶっきらぼうで無口なだけの男と思っていた彼が見せた、ラグビー好きの高校生のような笑顔だ。  やがて、見つめている視線に気づき、布施主任がこちらを見た。  私はあわてて視線を外した。
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