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第八話
飴色の木格子で飾られた引き戸と窓。
いまにも木の香りが漂ってきそうな白木のカウンター。
オブジェとして置かれた灯籠の淡い光や、巻き上げられた簾に下がる風鈴。
穂乃華の店内は、都会の喧噪から切り取られた別世界だ。ゆっくりと時が流れる下町情緒いっぱいの空間が、訪れるものの心をいやしてくれる。
「朱美ちゃん、これ、おかわりいい?」
カウンターの向こう端に座ったお客さんがタンブラーを摘み上げた。白髪交じりで恰幅のいいその男性は、梶さんという名の常連さんだ。
「はぁ~い」
弾んだ声でカウンター越しにそれを受け取った。
黒の光沢が美しい有田焼のタンブラー。
「赤薩摩の水割りでしたよね?」
後ろの棚に向かい、赤いラベルの焼酎を取り出す。
「うん、あ、それから揚げ出し豆腐もいいかな?もちろん朱美ちゃんお手製のね」
ニンマリと笑いながら告げる梶さんに、
「ごめんなさぁい」私は小さく首をすくめた。「私はお酒だけ。料理は綾乃さんが戻るまでお待ちくださいね」
「え~っ、なんでよぉ」
「もぉっ、分かってるくせに。あたしなんかに作らせてお腹こわしても知らないから」
手際よくおかわりの水割りを作り、カウンター越しに差し出した。
暦はさらに進みもうすぐ5月も半ば、私は穂乃華のカウンターの中にいた。
ちょっと用事があるからとお店を空けた綾乃さんに、留守番を頼まれたのだ。
お店に立つ必要まではなかったのだけど、そこはお調子者の私、彼女が残した割烹着まで身につけて、こうしてカウンターの内側で水割りを作ったりしている。
お腹をこわしてもいいから作ってみろと絡んでくる梶さんをあしらっていると、入り口の引き戸が開く音がした。
「いらっしゃいませ~」
これ幸いとばかりに、入り口へと向き直り明るい声で言った。
入ってきた男性はその場で立ち止まり、驚いた顔をしている。
私もまた動きを止め、目を瞬かせた。
「田代、おまえ…」
男性は布施主任だった。
なにやってんだと言わんばかりの顔をしてる。
なんとまた間が悪いところにと思ったけど、見られた以上はしかたがない。
「あらぁ、布施さん、ご無沙汰だったじゃない。さ、ほらぁ、そんなところに立ってないで、座って」
綾乃さん風に言うと、引き戸の前で立ったままの彼を席に座らせた。
「ご無沙汰って、さっき会社で会ったばかりだろ」
「このお店にご無沙汰ってことですっ。あ、ビールでいいですよね?」
おしぼりを差し出しながら言うと、冷蔵庫から冷えたビールを取り出した。
「このところずっと顔を出さなかったみたいじゃないですか。綾乃さん、寂しがってましたよ」
カウンター越しにお酌をしてあげる。
「ずっと忙しかったからな」
彼は、いぶかしげな顔をしながら、そんな私の仕草をながめていた。そして、注ぎ終わったビールをひとくち飲んだあと、言った。
「そんなことより、その綾乃さん本人はどうしたんだよ。なんで田代がこんなことやってるんだ?」
「綾乃さんはちょっとだけお出かけです」
「おでかけ?」
「そう、なにか用事があるみたい。で、チーママがお留守番を任されたってわけ」
「誰がチーママだよ」
口調が呆れてる。
そのとき、ふたたび引き戸が開く音がした。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
綾乃さんだった。
そして店に入るやいなや、カウンターに座る布施主任を見て彼女は言った。
「あらぁ、布施さん、ご無沙汰だったじゃない」
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