第二話  

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  第二話  

 布施主任がこの営業三部に異動して来たのは、およそ一年前の春、四月一日のことだった。  中部支社で二期続けて全社営業成績トップだった彼を、うちの谷垣部長が引き抜いたというのがもっぱらの噂だ。  そしてちょうどそのころは、私が初めて営業成績優秀者として受けた時期でもあった。ラッキーが重なったこともあり、1~3月に立て続けに受注が入り、あれよあれよと言う間に全社二位まで上り詰めたのだ。女性初の表彰者とか持ち上げられ、私はすっかり有頂天になっていた。  しかし、そんな私に冷や水を浴びせかけたのは、真のトップセールスである彼の言葉だった。  思い起こせば、あれは四月早々の歓迎会の席。  期せずして同じ部内に、前の期の全社トップ2がそろい踏みすることになったこともあり、歓迎会はかなりの盛り上がりをみせた。私は、異動して来た布施主任の隣に座らせられ、乾杯で持ち上げられたり、受賞の挨拶とかをさせられたりと、完全に主役級の扱いだった。  そんな宴の中、空いたグラスにビールを注ぎながら、私は彼に話しかけた。 「中部支社ってどうなんですか?なんか、いろいろ大変だって話、聞きますけど」  ところが、 「昔からうちの弱い地域だからな」  戻ってきた言葉はそれだけ。  切れ長の瞳にまっすぐ通った鼻筋、そして薄い唇、端正な顔立ちは認めるが、どこか取っつきずらそうなオーラがただよってる。話をするのは初めてだったけど、トップセールスと聞いて想像していた感じとはずいぶん違う。 「でも、そんな中で、二期連続全社トップなんてすごいですよね~。なんかやり方とか、コツみたいなものってあるんですかぁ?」  可愛い子ぶって探りを入れてみた。  こんな愛想の無い男がどうして連続トップなのか、その理由に興味がわいたのだ。 「べつに、特別なことは何一つしてないさ」 「またまたぁ、普通にやっててあの営業成績は取れるものじゃないと思いますけど?」 「取れるさ。普通にやってればね。うちは、その普通ができてないんだ」 「うちって、うちの会社の営業はってことですか?」 「ああ、だからあんなことを言われるのさ。他の会社のヤツらが、うちをなんて言ってるか知ってるか?」 「なんて言ってるんですか?」 「技術は一流、営業は三流だとさ」 「なによそれ」  瞬間、素にもどった私はあからさまに顔をしかめた。たしかにうちは技術が売りの会社ではあるのだけど、営業は三流とまで言われるいわれはない。 「旧態依然とした人間関係偏重の営業活動に終始して、マーケッティングにもとづいた戦略が取り切れていないことを言ってるんだろ。三流はどうかと思うけど、二流であることはたしかだよ。じゃなきゃ、あの程度で二期連続トップに立つなんてありえない」  その言い方に、私はかなりカチンときた。あの程度がどの程度かは知らないけど、ようするにトップに立ったのは、自分のやり方が一流だからだと言っているように聞こえる。  加えて私の営業スタイルは、いままさに旧態依然とかバカにされた人間関係重視のスタイルなのだ。得意の話術とノリの軽さでお客さんと仲よくなり、「朱美ちゃんにはかなわないなぁ」とか言われながら、ちゃっかり注文をもらってくる。そんなスタイルなら誰にも負けないし、営業は天職だとすら思っていただけに、彼の言葉はよけいにおもしろくなかった。 「人間関係重視のどこが悪いんです?しょせん商売なんて人のつながりじゃないですか。マーケッティングとかなんとか横文字ならべたって、仲よくなって信用されなきゃ、だれも注文なんか出してくれないでしょ」 「コミュニケーションを軽く見てるつもりはないさ。たしかにそれも重要だよ。ただ、あまりそれに頼りすぎるのはどうかと思うって言ってるんだ。正直、俺はそういうのはあまり得意じゃない。そんな俺でもきちんとした理論と情報にもとづいて営業活動をすれば、それなりの成績が残せる。うちの会社には俺よりもっと力がある人がいるんだから、そういう人がもっと科学的な営業をすれば、もっと伸びるって言いたいだけさ」 「営業スタイルを変えろってことですか?」 「変えろとは言ってない。ただ、視点を少し修正すれば、顧客へのアプローチ方法にもバリエーションが出ると言いたいだけさ」 「それって変えろってことじゃないですか」 「だから…」彼は言いかけて溜息をついた。「なんか、やけに突っかかるな」 「べつにぃ、突っかかってなんかいませんけど~」  明後日の方を向きながら、私は言った。  やれやれといった感じで、もういちどもらす溜息が聞こえた。  あのとき、私は心に決めたのだ。ぜ~ったい営業成績で上をいって、コイツの鼻をあかしてやると。
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