お沙夜と正二郎

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「伊織様」は山上の城に住む領主様の一人息子、つまり次期当主で、以前お忍びで町に降りてきた時に知り合い「友達」になったのだ。 沙夜の稽古のない日には、野山を駆け回ったり町をフラフラと歩いては芝居小屋を覗いたり勉強もしたりと、毎日のように遊んだ。 身分の違いはあれど、3人は良き友人としてそれなりの時間を共有してきた。 いつの間にか生まれていた、それ以上の感情には気付かない振りをしたままに。沙夜は嬉しそうに話を続ける。 「それでね、ドングリを小袋に入れて枕元に置いて眠るんです。そしたらきっとご利益があって良い夢が見られるでしょう?夢見が良いと一日楽しい気分で過ごせるし、今日も頑張ろうって思えるの」 沙夜は、ふふふ、とその場でクルリと周ってから振り返った。そして、 「頑張った人はね、絶対に幸せになれるんですよ!」 と、とても幸せそうに微笑んだ。 何もかも見透かした大人のような。 何も知らない無知な子供のような。 どちらが本当の彼女なのか、それは幼馴染みの正二郎にも分からない事だった。 「という訳で、山の入口が見えましたよ。さ、『頑張って』走りましょう!競争です!」 「は?ちょ、お嬢様!そんなに走ったら危ないですよ!お嬢様ってば!」 大人でも子供でも、沙夜がお転婆なのは変わらないのかもしれない。 呆れたような、ホッとしたようなため息をつき、正二郎は慌てて彼女を追いかけた。
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