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「この間、伊織様にお会いした時にね、『大人っぽくなった』って言われたんです。ふふふ、可笑しいでしょう?一月前に会ったばかりなのに。」
「嫌、だったんですか?そう言われた事。」
「うーん。どうかしら?でも、なんかね、『あぁやっぱり』って思ったの。人ってそうやって大人になるんだなぁって。なりたい、なりたくないに関わらず、自分では気付かない内に自然と。」
沙夜は針と布を置き、「あ〜あ」と伸びをしながら立ち上がり縁側へ出る。そして夕焼け色に染まる山と城を見上げ、薄く微笑んだ。
「私だって分かってるんです。この間貴方も言っていたけれど、いつまでも子供のままじゃいられないって。時の流れは止められないし、私自身が留まることも許してはくれないでしょう。それに皆に迷惑は、かけたくないから。置いていかれるのも、嫌だから。……だから大人になるしかないんですよね。」
大人になる事自体嫌なのか、縁談が嫌なのか、はたまた自分がこの家の家族でなくなるのが嫌なのか。
きっと沙夜の中ではどれも同じ事なのだろう。
「流れのままに大人になればいいんでしょうけど……だけど、それって何か悔しいじゃない?上手く言えないけれど、何かに負けた気がして……。だからね、たまにはこうやって抗ってみるの。流れに逆らって子供のふりをして遊ぶんです。『貴方の思い通りになる私じゃないわよ!』って。」
両親か店の人間か縁談相手か、はたまたお上か神様か。
誰相手に息巻いているのかは本人も分かっていないだろう。
ただ、このまま自分の意志とは関係のないところで『大人』にされるのが嫌なのだ。
「ふふふ、私、そんなに物分りが良い子じゃないんですよ。知ってるでしょ?」
沙夜は正二郎を振り返っていたずらっぽく笑い、片目をつぶってみせる。そこにはもう先程までの寂しそうな影はなかった。
「えぇ。そりゃぁもう嫌という程に。」
正二郎も同じように意地悪そうにニヤリと笑う。それから2人で顔を見合わせ笑い合った。
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