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「何の話です?」
「お嬢様には関係のない話ですよ。」
案の定、食いついた沙夜に正二郎が淡々と返すと、
「まぁ隠し事ですの?良いですわね、殿方同士仲がお宜しくて。」
と、仲間外れにされたと思った沙夜は、拗ねて頬を膨らませた。
「では、私はあちらの木の下で、ひとりで、紅葉狩りをしてますのでお話が終わったらおいでくださいませ。」
「あ、ちょ、お嬢様!」
「ひとりで」を強調して言い、彼女は フン、とそっぽを向き足音を立てて離れていった。
「ははは、可愛らしいなぁ、お沙夜は。」
「はぁ……。笑い事じゃないっての。宥める方の身にもなってくれよ。この間の件って縁談の話だろ?全く、何でお嬢様の前で言うかな。」
「ごめんごめん、つい。」
「つい、じゃなくてわざとだろ?」
「あ、バレた。ははは、だって君とお沙夜があんまり仲良しだからさ。嫉妬してしまってね。」
「仲良しって、あのなぁ……」
「ハイハイ。奉公人とお嬢様、だろ?真面目というか頑固というか。融通がきかないんだよなぁ、正二郎は。僕の事もいつまで経っても名前で呼んでくれないし。」
伊織は腕を組んで近くの木にもたれ掛かった。紅葉を見上げ「あ~ぁ寂しいなぁ」などと言いながらチラチラと正二郎に視線を向ける。
正二郎はいかにも面倒だという声と表情で答える。
「ちゃんと呼んでるだろ、伊織って。」
「違う違う。偽名じゃなくて、本名の方さ。」
「それを呼んだら偽名使う意味ないじゃないか。お忍びなんだろ?」
「それはそうなんだけどさ。誰もいない時だけだよ。お沙夜と君と、こうやって会う時だけ。ほら、試しに言ってごらんよ。『幸長』と。」
期待に満ちた瞳で見詰めゆっくり自身の名を発音してみせる伊織に、正二郎は眉をひそめた。
「僕は『若殿様』と友達になった覚えはありません。」
「あそ。」
相変わらずの答えに、伊織はやれやれと肩をすくめた。
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