お沙夜と正二郎

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「ただいま戻りました〜。」 コッソリ抜け出していたというのに、沙夜は悪びれた様子もなく堂々と正面から帰宅した。店の者達はそんな沙夜を咎めるどころか、にこやかに迎えた。 「おぅ、お嬢様、お帰りなさい。」 客はいないらしく、番頭の清太(せいた)が一際大声で挨拶をした。 「楽しかったですかぃ?」 「えぇとても。でも正二郎ったらすぐに私を見つけてしまうんですもの。もう少しゆっくりしたかったわ。」 拗ねたような言い方をしながらも、それ程怒っていないことはその顔からも明らかだった。清太もそれを分かっているので冗談めかして正二郎に説教を始めた。 「おいおい正二郎。気がきかねぇなぁ。わざと遠回りするとかして差し上げればいいだろうに。」 「でしょう?言ってやって頂戴、清太さん。」 沙夜は、ふふふ、と笑い正二郎を置いて店の奥へと入っていった。 沙夜の姿が見えなくなると、正二郎はあからさまにため息をついて清太に反論し始めた。 「お嬢様が抜け出したの気付いてましたよね?どうしていつも止めないんですか?」 「そりゃおめぇ、遊びたい年頃だしよ。」 「年頃って……。」 「いいじゃねぇか、別に。お嬢様はちゃーんとやるべき事やってんだから。お琴もお花もなんもかんもキッチリこなしてんだからよ。」 清太の言う通り、沙夜が抜け出すのは自身の「仕事」を終えてからだ。もちろんただやるだけではなく、どれも完璧にこなしているのだから問題はない。問題があるとすればそれは過保護すぎる両親の方だろう。
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