お沙夜と正二郎

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「おめぇも知ってんだろ?お嬢様は小さい頃からやれお稽古だ花嫁修業だ店の手伝いだって、歳に合わねぇ無理ばっかさせられてよ。ちょっとくらい遊んだって構わねぇだろ?嫁に行っちまったら遊ぶどころか休むことも、ままならねぇんだからよ。今のうちだ、今のうち。」 それを言われては正二郎は何も言えなかった。 過保護な両親ではあるが、同時に厳しくもある。今でも習い事は続けているし、沙夜に任されている仕事もあるのだ。 確かに少しくらいの息抜きは許されるかもしれない。 「だからって毎回探しに行かされる僕の身にもなって下さいよ。」 言っても無駄なのは分かっているので淡々とした口調だが本心だ。 「それも仕事のうちだろ。なんならお前もお嬢様と一緒に抜け出しちまえよ。お前だってそういう年頃だし、昔はよく遊んでただろ?ほら、あいつ……なんつったっけ?あのスカした坊主と3人でよ。」 清太の言う「スカした坊主」の顔を一瞬思い浮かべたが、すぐに思い直す。 きっともう「彼」と一緒に遊ぶことなんて、ないのだろう。 「ねぇ正二郎!」 昔という程ではない昔に思いを馳せていたが、ひょっこり戻ってきて暖簾から顔を覗かせた沙夜の呼び声で現実に引き戻された。 「明日は貴方も一緒に山に行きましょうよ。」 「おー、いいねぇ。行ってやんなよ、正二郎。」 「何を言っているんですか、僕は仕事が……。」 「んなもん他の誰かにやらせるからいいんだよ。」 「ですって。ふふふ、ありがとう、清太さん。どうせ後で私を探しに来るんでしょ?だったら最初から一緒に行けばいいじゃない。ね?そうしましょ?約束!」 そう言うと沙夜は正二郎の返事を待たず、また奥へと引っ込んだ。
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