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沙夜が消えて行った暖簾の奥に目を向けたまま、清太が尋ねた。
「お嬢様の縁談の事知ってるよな?」
「えぇまぁ……。」
「お嬢様がお嫁に行っちまったら、寂しくなるなぁ。」
清太がしみじみと呟いた。
「そう、ですね。」
「俺達はお嬢様が産まれた時からずっと見てきてるからよ。こんなこと言っちゃ失礼かもしれないが、あの子のこと本当の家族みたいに思っちまってんだよな。『清太さんのお嫁さんになる』なんて言ってくれたこともあったんだぜ?それがもう本当に嫁に行くような年だなんてなぁ……。」
「まだ縁談があるってだけじゃないですか。今からそんな調子でどうするんです?」
「でもよぉ、お前だって寂しいだろ?いつも一緒にいたもんなぁ。兄貴分としちゃ妹には幸せにはなって欲しいけど、やっぱ複雑だよなぁ。」
「兄貴とか妹とか……僕はお嬢様をそんな風に思ったことありませんよ。」
正二郎にとって「お嬢様」は「お嬢様」でしかない。それ以外のことなど考えた事もなかった。
「でもお嬢様はそう思ってるはずだぜ?お前だけじゃなくて、俺達皆のこと親兄弟だと思ってくれてるんだよ、あの子は。」
少し前の、沙夜の言った「お兄さん」という言葉を思い出す。
身寄りのない正二郎にとっては耳慣れない響きだったが、嫌な気はしなかった。
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