悲しい別れ、嬉しい別れ

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「おかしいな。あの子がいない……」  夕方の公園。  制服姿の少年は、何度も首をかしげていた。 「うーん、どうしたんだろう。初めて会った時に、この時間は必ずここにいるって言ってたんだけどなぁ」  丁度、一週間前の出来事。  少年は帰宅中に砂場で泣いていた少女を見つけ、励ましたことが切っ掛けで仲良くなった。 『お兄ちゃんが話しかけてくれたから、悲しくなくなったの。ありがとー』 『いえいえ、どういたしまして。学校がある時は毎日通るから、何かあったら遠慮なく声をかけてね』 『えっ、ほんとーにいーのっ? じゃーじゃー学校(がっこー)の帰りに、ここで雛子とお話ししてほしーなっ。雛子は優しいからお兄ちゃんが大好きになって、もっとお話しをしたいの』 『あはは、気に入ってくれてありがとう。俺でよければ付き合うよ』  そうして小学2年生の少女と高校生2年生の少年は毎日会うようになり、先週からずっと会っていたのに、今日はいない。少年が着くと少女は必ず砂場にいたのに、今日はいない。  一時間以上待っても、あの少女は来ない。 「…………今日は、用事があったのかもな。しょうがないから帰るか」  随分と待った少年は仕方なく踵を返し、スタスタ、トコトコ。胸に物足りなさを覚えて、その日は公園を去ったのだった。      ○○○○○ 「おかしいな。あの子がいない……」  夕方の公園。  あれから1週間後。あの日から少年は、一度も少女と会えていなかった。 「…………いくらなんでも、こんなに用事が続きはしないよな。……もしかして、病気になったのか……?」  少年の心にふと、不安が生まれる。  そして――。まるでそれを合図にしたかのように。少年の目は、信じられない光景を捉えてしまう。 「……雛子。アナタが大好きだった公園よ」  公園を訪れた、三十代半ばの女性。彼女は両腕で、あの少女の遺影を抱えていたのだ。 「よく一緒に、遊んだわよね……。お母さん、楽しかったわよ……っ。本当に――」 「あのっ! すみませんっ! 俺っ、その子とここで会ってた知り合いなんですけどっ! 雛子ちゃんは、なっ、亡くなったんですかっ!?」  少年はたまらず大きな声を上げ、狼狽して駆け寄った。  心臓は異常な程に早鐘を打ち、全身からは夥しい量の冷や汗が出ている。 「い、いつなんです……っ? いつなんです……っ! どうして、こんな、ことに……」  少年の頭はパニック寸前で、喋っている最中に力が抜けて座り込んでしまう。  毎日会っていた子が、もうこの世にはいない――。  あの子とは、もう二度と話せない――。  そんな絶対に認めたくない現実に襲われ、吐き気と眩暈も襲いかかる。 「雛子ちゃんは純粋で、明るくて…………お喋りが大好きで…………あったかい、すっごくいい子だったのに……。どうして、こんな目に……」 「…………交通事故、です……。雛子は下校中に、車に撥ねられてこの世を去ったんです……」 「じ、事故……。そう、ですか……」  だから、あの日は来れなかったのか――。  だから、ずっと来れなかったのか――。  少年はぼんやりとそんなことを考え、考えていると涙が出てきて、溢れて止まらなくなった。 「雛子ちゃん……っ。雛子ちゃん……っっ。ぅぅぅぅぅぅ……っっっ!」 「娘のために泣いてくださり、ありがとうございます。……少年さんは、いつ頃から雛子と親しくしてくださっていたのですか?」 「二週間前の、木曜日からです……っ。雛子ちゃんが砂場で泣いていて、それを偶々通りかかった俺が慰めて……。慕ってくれるようになった――」 「え……?」  今度は、母親が言葉を遮る番。  女性はおもわず遺影を落とし、目を何度も何度も瞬かせた。 「先週の、木曜日……? 間違いなく、先週の木曜日なんですか……!?」 「は、はい。間違いなく、木曜日ですけど……。どう、されたんですか……?」 「………………実は、ですね……。雛子がこの世を去ったのは、その日の下校中なんですよ……」  午後3時過ぎ。雛子は、小学校を出て2つめの横断歩道を渡る時に――公園に来る前に、死んでいたのだ。 「……は……? へ……? でも俺はそのあとに初めて会いましたし、一週間前まで学校のある日は毎日――それから一週間以上も話しましたよ……?」 「少年さんは本当に悲しんでくださっているので、真実なのでしょうね……。ただ私がお話した内容も、真実なのですよ……」 「な……。そんな……。じゃあ、あの時の雛子ちゃんは……。俺が話してた雛子ちゃんは、もう死んでいた……?」 「そう、なりますね。……恐らくあの子には何かの未練があって、ここを訪れていたのだと思います……」  その仮説は、きっと正解だ――。  少年はすぐに、そう思った。  なぜならあの時の雛子は、とても辛そうに泣いていたのだから。 「……少年さん。雛子には、会えていないんでしたよね?」 「え、ええ。先週急に、来なくなりました」 「だとしたらあの子は、未練がなくなって成仏したんだと思います。最後に別れた時に、雛子は何か言っていませんでしたか?」 「最後………………――ぁっ。『お兄ちゃんとお喋りできて楽しかったよ』、って言ってました……」  あの時少年は『今日も楽しかったよ』と解釈したが、実際は違う。あれは、『今迄できて楽しかったよ』という意味だったのだ。 「さきほど仰っていたように、雛子はお喋りが好きな子でしたから……。もう少し誰かとお喋りをしたくて、けれど死んでいるから誰にも見えなくて……。そんな時に偶然見えた貴方が声をかけてくださり、親切にしてくださって、満足したんだと思います」 「……そっか。そう、だったんですね……」 「…………少年さん。あの子は最期に、笑っていましたか?」 「はい、笑っていました。その、写真のように……っ。幸せそうに笑ってくれていました……っ!」  それを聞くと母親は涙を流し、少年も再び大粒の涙を流すようになった。  けれど――。  涙に含まれる感情は、さっきまでとは真逆。その水分には、幸せに逝けたことへの喜びが溢れていたのだった――。
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