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無花果男子は決意する
「おばあちゃん、久しぶりに帰って来たよ」
おばあちゃんが好きだったお花とお線香を供えて、私とお兄ちゃんは並んで手を合わせた。
今回の連休は多目に取れそうだということで、
私はお兄ちゃんと一緒に里帰りをしている。
「もう10月になるのにまだまだ暑いよね…半袖持ってくればよかった」
気温30°の真夏日にシースルーとはいえ長袖を選んでしまった、わたしは取り出したハンカチで汗を拭う。
これもハンカチではなくタオルにするべきだったと思いながら。
「久しぶりにあそこの蕎麦屋さんでご飯、食べようよ!それからどうする?
お兄ちゃんは行きたいとこある?」
お兄ちゃんとは普通に手を繋いで歩く。
何度か知り合いの人と出会って微妙に注目されたけど、別に悪いことをしているわけではないのでスルーだ。にこやかに挨拶して終わらせる。
仲良しの子にはすでに報告してあるしね。
まぁ皆、大体納得してしまう終わってたけど。
わたしに近しい人はわたしの中にお兄ちゃん以上の人はいないって皆、察していたらしい。
当事者であるわたし達が一番鈍いし勝手に拗れて大騒ぎしてしまった感じだ。
「少しドライブでもするか」
「いいね、海と山どっちに向かう?」
お兄ちゃんの言葉に頷いてレンタルして乗ってきた車を走らせた。
運転は勿論、わたしだ。
向かった先はお兄ちゃんがの誘導に従って、
観光地とは別な山に向かう。
残暑が厳しいしせいか山は紅葉にはまだまだで、
観光地でもないこともあって人気は全然ない。
「日差しはキツいけど森のなかは暑くないね!
風も気持ちいいし人がいない分、穴場かも」
多少、時期が外れても観光地はやっぱり人がいるものだしね。観光地は観光地で屋台とかありそうだけど、
ご飯は食べたとこだから必要ないしね!
(あったらあったで食べるだろうけど。それはまた別の話ということで)
振り返るとお兄ちゃんは1つの大きな木の前で立ち止まっていた。
「あ、これ無花果だ!」
「わかるのか」
「そりゃわかるよ、お兄ちゃんの木だもん」
無花果はまだ実がなる時期だけど木の大きさにしては実が少ないかな?
無花果ってあんまりメジャーな果物じゃないけど実がとれる時期は一番、長いんだよ!
「スーパーで売ってるのは完熟じゃないから仕方ないけど…やっぱり庭で食べた無花果が一番、美味しかったな~」
「そんなこと言ってこの前、俺が作った無花果のコンポート1人で食ってたくせに」
「お兄ちゃんが作ったのが美味しかったから…」
そう…予想外に美味しくてお兄ちゃんが保存用に多めに作ってくれてたやつを結局、わたし1人で全部、食べちゃったんだよね…。
毎日、朝夕で食べてたらあっという間だったな…。
わたしが思い出して真っ赤になっていると、
お兄ちゃんは笑いながら頭を撫でてきた。
「元々お前が食べるように作ったやつだから問題ないよ」
わかってるよ。そんなこと。
本当は…お兄ちゃんと一緒に食べて楽しみたい。
だけどそれは言っちゃいけない。
お兄ちゃんはわたしとずっと一緒にいてくれるって約束してくれたからそこに不安はない。
お兄ちゃんは嘘はつかないし約束は守ってくれる人だもん。
「お兄ちゃん、何か話したいことあるんじゃない?」
「…そうだな」
お兄ちゃんは苦笑して肩を竦めた。
もう何も解らない子どもじゃないんだよわたしは。
「俺はお前がいたからこうして存在してる。
お前が必要としてくるたから、ずっと一緒にいることが出来たって話はしたよな」
「うん」
「お前に必要とされる限り俺は存在できる。
だけどやっぱり俺は人ではないからお前には色々、大変な思いさせることになると思うんだ」
躊躇うように口を開くお兄ちゃんに、わたしはまさか今更、約束を取り消すつもりかと慌てて捲し立てた。
「ちょっと待って!それは確かにそうだけど!
わたしの給料なんて1人暮らしでもお兄ちゃんがやりくりしてくれなきゃ生きていけないくらいで、
お兄ちゃんには本当に苦労ばっかりけるけど…だけどわたしだって一生懸命、働けば少しは給料だって上がるだろうし…あ、でも別にお兄ちゃんのこと家政婦的に必要としているわけじゃなくてね」
「うん、わかってる!わかってるから落ち着け!」
「じゃあ考え直すのはなしだよ?!」
「いや、何か誤解させたみたいだが俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ」
「へ?」
お兄ちゃんら仕切り直すようにため息をついて、
無花果の木を指差す。
「この木が俺の親なんだ」
「…お兄ちゃんの?!えっ早く言ってよ!
今からでも挨拶して間に合う?ダメかな?」
「お前の反応は予想外に有難いけどとりあえず話を進めさせてくれ」
ポンと頭に手を置かれてわたしは黙ってお兄ちゃんの話を聞くことにする。
「昔、この木の種から育てた苗の販売会をやった時に俺を買ってくれたのがお前のじいさん、ばあさんなんだ。初孫が家に遊びに来たときに美味しい無花果を食べさせたいからって。まぁ肝心の初孫は初めて無花果見て食べるのすごい嫌がって泣いたんだけどな」
物心ついた頃のうっすらとした記憶が蘇ってわたしは頭を抱える。
もう少し成長してから食べて美味しさに夢中になったことしか覚えてなかった…。
「言うならここだなって思ったんだ。
……俺もお前と一緒に生きていきたい。
だから俺に名前をつけて欲しいんだ」
出会った時にお兄ちゃんは名前がないから、
好きに呼んでいいって言ってくれた。
その時からずっとお兄ちゃんって呼んできたんだ。
何度か名前をつけようって提案したけど断られて…、
拗ねたりもしたかけど大人になるにつれ、わかってきた何となく触れてはいけないことなんだって。
きっとお兄ちゃんの名前には特別な意味があるんだって。
「自分を存在させた人間から名前を貰うこと。
それが俺達が人間として生きていく為の契約だ」
「…それでいいの?」
「言うほど簡単なことじゃないんだぞ?
そもそも俺らが姿現すことが極稀で、
更に相手から必要される条件を満たせる奴は更に少ない」
「言われてみると…そうかな?」
やっぱりお兄ちゃんと出逢えたこと自体が奇跡だよね…。
「人間になれば二度と戻れない。
俺らからすれば人間って不自由だし、なりたくはないんだよ。大変そうだし」
「人間になるメリットない…ね」
人間のここがいい~とかプレゼン出来ない。
働かないと生きていけないから働いてるだけだし、
日々の楽しみはお兄ちゃんの作るご飯とオヤツを食べることだもん!
「で?名前は?」
わたしが人間の良さについて考え込んでいたら、
お兄ちゃんが両手で頬を挟んで顔をあげさせる。
時々、変顔させるのは止めて欲しい。
大体、聞いてるけど笑ってるし、わたしの答えなんて分かりきっているくせに。
意地悪しようかとも思ったけど、わたしも嬉しくて、
どうやったって口元緩んじゃうし…。
「わたしが最高のをつけてあげる!」
そう宣言したわたしをお兄ちゃんは抱きしめて、
そのまま抱き上げた。
宙に高く上げられて驚いたけど今までみたことないくらい嬉しそうにお兄ちゃんが笑っているので、
くるくる回されておこう。
小さい頃は頻繁にして貰ってたよね。
ふと上を見上げるとちょうど食べ頃の無花果を見つけて思わず声をあげてしまう。
「どうした?」
「いい感じの無花果が上の方にあるの」
「届くならとればいい。お祝い代わりだ」
「それ勝手に取るものじゃないでしょ」
お兄ちゃんに抱き上げられたまま笑っていたら、
熟れた実がポロリと落ちてきて慌てて受けとる。
「やっぱりお祝いだな」
「すごい!ありがとうございます!
いい香り…絶対、美味しいよ~」
「よかったな」
わたしを地面におろして他人事みたいに言うお兄ちゃんに、わたしは貰った無花果を手で剥いて出てきた果肉をお兄ちゃんの口元に持っていく。
「はい」
「俺は…」
「これからは全部、半分こね」
「……そうだな」
半分ずつ齧って無花果を味わいながら、
わたしはお兄ちゃんとの奇跡みたいな出逢いに心から感謝する。
お兄ちゃんはわたしがいたからって言うけど、
わたしの方がずっとずっとお兄ちゃんがいないと生きていけない。そう思うから。
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