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紫の瞳をした優しい家族(無花果)
就職して半年足らず、わたしは通勤に便利な駅を選んで田舎から上京してきた。
慌ただしく始まった新生活だったけど少しずつ慣れてきたし大変なことも多いけど楽しい、そう思えていた日々が一転した。
就職して、初めて恋をして、
相手から告白されて嬉しくて嬉しくて始まったお付き合いだったけど、相手には本命の彼女がいたらしい。
つまりわたしは彼女どころかただの遊び相手だったのだ。
わたしは相手に彼女がいたなんて知らなかったから、
同僚から言われて確認しに行ったら相手には露骨に
避けられ迷惑そうにされ、気づけば社内の人達から遠巻きにされていた。
どうやらわたしの方から近づいて奪っただとか別れさせたとか噂になっているらしい。
「都会って怖いなぁ…」
自分の膝を抱いて部屋の隅で呟いて小さくなる。
また明日も会社に行かないといけないとか憂鬱すぎた。
「いいからご飯を食べろ、ほらお前の好物ばかりだぞ」
「……しばらく放っておこうとか優しさはないの?」
頬を膨らませてわたしが文句を言ったのはわたしとは似ても似つかない美形で紫の瞳をしたお兄ちゃん。
「こうして好物の夕飯を作ってやってるんだぞ、優しいだろ」
そういうことじゃない、と言いかけて用意されたご飯のいい匂いにお腹がペコペコだったと思い出してしまい、わたしは涙を拭ってご飯を食べた。
「そもそも俺は初めから反対していただろ、
就職したばかりのくせに浮わついて自業自得だ」
確かに会社に素敵な先輩がいると話した時にお兄ちゃんには釘を刺された気がする。
その後も何度か言われたけどいつもの小言だと聞き流していたから反論もできない。
「とりあえずその男はろくでもないから2度と近寄るな」
「近寄るわけないじゃん、避けられたし」
「お前にはもっと相応しい男がいる」
「…っ…、う、うん」
いつもいつも口うるさいお兄ちゃんなのに、
時々ドキッとさせられてしまう。
やっぱり顔かな。かっこいいもん。
大体わたしの初恋がこんな遅くなったのも側にこんなにかっこいいお兄ちゃんがいるせいだ。
誰にもときめかなくて、誰にも恋しないまま生きてくのかなって、どっかで諦めてた。
だからわたしも恋ができるんだ~って、すごく浮かれてたんだよね。誰かに好きって言って貰えたのも初めてだったし…。
でもそんな言葉は嘘だったのだ。
ボロボロ泣けてくる涙を拭いながらわたしはご飯を口一杯に詰め込む。
お兄ちゃんは呆れたようにため息をついたけど、
ティッシュをとって渡してくれた。
さすがに鼻水までは手じゃ拭えなかったので助かった。
その時、放り出してあった携帯が鳴って、
画面を見ると例の先輩からの着信だった。
少しだけ迷ったけど電話に出ると直接、話をしたいから今から出てこれないかと言われて戸惑う。
わたしが返事を躊躇っていると彼女とは正式に別れたからわたしとちゃんと付き合いたいと言われた。
「……わかりました、じゃあ少しだけ…」
わたしが携帯を切ってバッグを持つのにお兄ちゃんが慌てて引き留める。
「こんな時間から出かけるつもりか?!
話なら明日にでもすればいいだろ」
「彼女と別れたって」
「はぁ?!」
「わたしとちゃんと付き合いたいって!
だから話をしに行くの、はなしてよ!」
「バカかお前は!!」
小言ばっかりだけど本気で怒鳴られたことはなかった。
「お前とちゃんと付き合いたいって気持ちがあるなら最初からそうしてるだろ!」
ぎゅっと強く抱きしめられて息が詰まった。
でも苦しいなんて言えなかった。
言ったら離されるってわかってたから。
「……そんなにその男が好きなのか?」
またボロボロ泣いているわたしの顔を撫でながらお兄ちゃんが聞いてくるのにわたしはもう耐えきれなかった。
「……お兄ちゃんが、言ったんじゃないっ」
「ー」
「自分はっ…いつか消えるって!」
わたしとおばあちゃんと二人で暮らす家にいつの間にか現れたお兄ちゃん。
お兄ちゃんはおばあちゃんの家に植えてある無花果なのだと言った。
小さいわたしは理解できないまま受け入れて、
おばあちゃんもお兄ちゃんを自分の孫だって言ってずっと一緒に暮らしてきた。
おばあちゃんがいなくなっても、お兄ちゃんがいたから何とかやってきた。
ようやくわたしが働けるようになって田舎から上京することが決まった時にお兄ちゃんは言ったのだ。
わたしももう大人になったから、いつかは自分は消えることになるって。
「お兄ちゃんがいなくなったら、どうやって生きていったらいいの?!
わたしだって…お兄ちゃんの代わりなんていないって解ってるけど、でもっ…」
わたし、ずっとお兄ちゃんと一緒にいられるって勘違いしてたんだよ。
お兄ちゃんがいれば、それで良かったから。
これが恋だなんて気づかないままだったら良かったのに。
「…ごめん」
「…っ、……謝ら、ないでよ…」
「違う。誤解させたのを謝りたい」
「……誤解?」
泣きすぎてしゃくりあげるわたしを宥めながら、お兄ちゃんはわたしをベッドへと座らせて落ち着くのを待ってから話始めた。
「俺が消えると言ったのは前提が違うんだ」
「前提?」
「ああ、俺が消えるのはお前が俺を必要としなくなった時だからな」
「どういうこと?」
「ごく稀にだが俺のような存在が現れることがある。それは俺のように気になる存在が出来た場合が多いんだが…そう簡単にはいかなくて俺達が存在し続けるには自分の気になる存在から必要とされることが条件なんだ」
お兄ちゃんは床に足をついてわたしの手を握った。
「お前がいたから俺はうまれた。
お前が俺を必要としてくれたから、俺は今もここにいることができるんだよ」
何度も何度もそうされてきたように、お兄ちゃんはわたしの頭を撫でる。
「お前のことを護りたいと思って側にいつづけた。
けどお前もすっかり大人で、いつか俺から離れていくんだと思った。だから」
「だから、わたしに自分はいつか消えるって言ったの?」
頷いたお兄ちゃんにわたしは腹がたって、
何度も何度も殴りつけた。
わたしはお兄ちゃんと一緒にいることは出来ないんだって、そう思ったからこそ誰かに恋をしようと思ったのだ。なのに、なのに…!
「わたしはお兄ちゃんと離れるなんて考えたこともなかった!お兄ちゃんがいればいいって思ってた!!」
わたしの言葉にお兄ちゃんは目を見開いて、
口まで半開きでぽかんとしている。
「え?」
「え?じゃない!
他に言うことないの?!」
「いや、何か都合よく受けとれそうだから、
ちゃんと確認させて欲しい。
俺はお前の家族で兄でお前は兄離れできない超ブラコンってことだよな?」
「確かにお兄ちゃんはわたしの家族でお兄ちゃんだけどお兄ちゃんはただの呼び名で別にブラコンのつもりはない」
はっきり言い切ると今度はわたしの番だと尋ねる。
「わたしも確認したい。
お兄ちゃんにとってわたしは妹なの?
いつまで経っても目が離せない手のかかる妹?」
「…目は離せないし手もかかるが、
生憎と成長してから妹だと思えたことはないよ」
お兄ちゃんが顔を真っ赤にして答えるのに、
わたしはお兄ちゃんへと飛びついた。
「いきなり危ないだろ…」
「ここでそんな小言、いわないでよ」
お兄ちゃんはいいから離れなさい、とわたしを元の場所へと戻す。
普通はイチャイチャするとこじゃないの?と文句を言ったらお兄ちゃんがにっこりと笑みを浮かべた。
これは笑顔だけど本気で怒っている時の顔だ!
わたしはついついベッドの上で正座をしてしまう。
「とりあえずさっきの男には今すぐ断りの電話をいれろ。何なら俺が電話してもいいぞ」
「ひっ…!い、いや…自分で!自分で電話させて頂きます」
お兄ちゃんは相当、我慢していたらしい。
わたしはすぐに携帯を取り出して先輩へと連絡したが予想以上にしつこくて中々、電話を切れない。
「ですから、もう個人的なお付き合いは遠慮したいと…」
電話越しに罵倒し始めるのに、これがこの人の本性かと心の底から呆れ返った。
こんなのと恋愛しようとしていた自分自身に。
ふと横を見るとさっき以上に不機嫌なお兄ちゃんがいて、もうこんな男に構ってる猶予はないとわたしは通話をブツ切りした。
素早くお兄ちゃんにくっついて、それを自撮りすると先輩宛に写真を送りつける。
「先輩のお陰で大好きな人と一緒にいられます。
ありがとうございましたハート、と」
わたしのお兄ちゃんの美形っぷりを見て太刀打ちしようとする男なんていないだろう。
わたしは先輩宛に送りつけた内容をお兄ちゃんへとどや顔で見せた。
「…お前、これまた会社で色々言われるんじゃないか?」
さっきまでの不機嫌な顔ではなく今度は心配そうに言ってくる。なんだかんだでお兄ちゃんはわたしに甘いな~。
「大丈夫!だってお兄ちゃんと一緒にいられるんだもん。会社でくらい居心地悪かろうが全然、平気だよ」
わたしが胸を張って言えばお兄ちゃんは苦笑して、ため息をつくとわたしの頭を撫で回す。
「たくましいのはいいけど辛くなったら無理するなよ」
優しいお兄ちゃんの言葉に頷ずくと同時に、
わたしの顔を包むようにお兄ちゃんの両手が触れた。
「覚えとけよ、俺はお前のものだ。
俺だけはなにがあってもお前の味方だから」
そう言ってお兄ちゃんはわたしの唇をふさいだ。
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