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フルートパートには、もう一人二年生がいた。
ピッコロ担当の縫晴古都代という暗そうな男だった。
文化部にありがちなと言っては語弊を生むかもしれないが、運動部にはおよそ似つかわしくない長めの前髪と、襟足も長い。校則違反ではないのか。それとも薄気味悪いからと教師も目を掛けないのだろうか。
何にせよ好んで近付きたくない人種だった。
「……調子、悪いな」
心地良い音がピタリ止まる。
それは、パート練時のことだった。
各パートに分かれて練習をするという、それは廊下だったり、音楽室の四隅だったり、フルートパートは他のパートから少し離れた階段で行われていた。
「分からなかったか?五月雨お前のことだぞ」
あまり口を開かない男だというのに、時折開く言葉といえば、ミナガのことだった。
「……え?あ……ごめんね」
フルートから唇を離し、その大きな目を少しだけ潤ませて伏せた。
初心者の林葉からすれば、十分に美しいと音だと思っていたが、向かいにいる男からすれば違和感があったらしい。咎めるぐらいには、なにかの。
他の先輩たちが話すのを止めて、二人の方を見る。
このパートには、他に三人の女の人がいた。
三年生が三人。つまりは、次の大会を終えたら退部する人たちだ。
後輩二人の会話を、にやにや楽しそうに見ている。
林葉は、その表情の意味が読み取れなかった。
何故、縫晴の感情の籠っていない、気遣いのカケラもない物言いを糾弾しないのか。
思わずと、口を開こうとする。
しかし、林葉の隣に体育座りをしていた湯澤が先に声を上げた。
「ーー先輩方すごいなあ、すぐに違いが分かるんですね、俺たちも頑張れば先輩たちみたいになれるのかなあ!なあ、林葉!」
「……そうだな」
なんだよと言う林葉の目を湯澤は一瞥するだけで、後は嫌な空気感でミナガを見ていた三年生たちへと笑いかけた。
空気など読めないと言う、無邪気な新入生は可愛らしく見えるらしい。
一年の中でも小柄な湯澤は、同級生の中でも際立って幼く見える。
湯澤が笑うと、よく場が和んだ。
張り詰めようとした、いや、誰かの恋情を面白いと囃し立てようとする身勝手な振る舞いは、数が増えれば増えるほどに、暴力的な空気感を呼ぶ。
ミナガの顔を盗み見る。
強張っていた顔を安堵したように緩ませて、縫晴の腿に左手を置いていた。
(……は?)
林葉は自身の目を疑った。
先ほどまでミナガに嫌がらせするかのように睨みつけていた男の身体を、ミナガは視線を僅かに外しながらも触れているのだ。
何故?と思う脳内で、光が点滅する。
目の奥がチカチカと光り、気持ち悪い。
おかしいだろうと、上手く入らないネジまわしのような、何度くるくるくると回しても、ぴったりと収まらない。
当然だ、その穴はとうの昔に別のネジが埋まったいたのだ。
一目では見えないように奥へ、奥へと入り込むようにぴったりと入ったそれは、錆び付いていた。
知らないところで、誰かの手垢で、汚染されたのだろう。
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