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「林葉さあ、ミナガせんぱいのこと好きなの分かってっけど、あの人、縫晴先輩と付き合ってんだからな」
「……うそだろ」
「嘘じゃねえよ、なんで気付かねえかなあ、あんなん入部して早々に気付くわ」
「……あんなに、暗い奴のことを、ミナガさんが好きなわけない」
はああと、大きな溜息を吐かれた。
帰り道、春の光はまだまだ夕方というには明るかった。
明るい空の何処かに、見えなくても確かに日はしずんでいるのだ。
林葉の心のように、沈んでいる筈なのだ。
スタスタと歩く湯澤に反して、林葉の足取りは重かった。
「人の好みなんて、それぞれだろうよ」
湯澤は、先輩たちの前と同級生の前ではあからさまに態度が異なるタイプであった。
器用な性格なのだろう。裏表があるなどではなく、ただ、自身が生きやすく立ち回りがしやすいように、空気を読んで発言を行うことができる。
同じ中学一年生とは思えない言動は、同じパートに配置され、行動を共にするようになってから日々驚かされる。
指摘をすると、十以上歳の離れた姉と兄がいるという。家族の中での立ち位置を確立は、容易かったらしい。
見本がいるのだからと、それらを踏まえて、より賢く日常を過ごす。
思ったことを口にして、軽く褒めたつもりで返ってきた言葉の多さに、素直に感心していた。
「でも、ミナガさん、俺のこと好きだと思う」
「うん、それは断言できる」
背後を振り返った湯澤に小走りで追い付く。
そうだ、やっぱり、ミナガが林葉を好いていることは第三者の目から見ても明らかなのだ。
林葉の思い過ごしなどではない。
初めて会った時、にこりと笑みを浮かべたことも、間接キスになるのも厭わずに楽器を貸してくれたことも、銀色ではなく、金色のフルートを担当させてくれること。何より、林葉を自身の後輩に選んでくれたことも。
「だったら、なんで縫晴のことなんか」
「あのひとさ、俺のことだって好きだよ」
「……は?」
ピタリと風が揺れるのは、視界が歪んだからだ。
言葉の意味を理解出来ないのは、相手が馬鹿ではないことを理解しているからだ。
「どういう、意味だ?」
選ぶべき言葉はこれで正しいのか分からない。林葉は口下手だった。
伝えたい言葉は、柔らかな言葉は、声に出せない。
吊り上がった目にぎゅっとへの字に歪んだ顔は、近寄り難いと幼い頃から嫌煙されてきた。
だから、初めてだったのだ。
初対面であのような自然な微笑みを向けてもらったのは。
「ミナガせんぱいは、癖なんだよ。人に無意識に愛想を振りまくの。八方美人っていうやつ?」
「……ミナガさん、周りの人たちより大人びているから、そういう、大人の振る舞いみたいなめできるんだろ……」
「あのひとが、嫌われてるのはさあ」
湯澤が言葉を選んでいるのが分かった。
言うのが難しいと、俯く。
「嫌われてる?」
「嫌われてるのは、特に、男に、優しくするからなんだよ。お前、なんでフルートなんて、吹奏楽初心者が憧れそうな楽器、女の子の希望者いなかったと思う?一年が十八人もいて、その中のたった二人の男がフルートパート。あり得ねえだろ普通」
正論過ぎて、返す言葉がなかった。
不思議に思ったことは、あったのだ。
何故、仮入部の時は人気のあったフルートパートが、いざ本入部になったら、パートを決めるとなったら、皆寄り付かなくなったのか。激戦区を予想していたのに。
同級生たちが、可愛いと褒め讃えたミナガの話題を口にしなくなったことを、皆が彼女をどこか遠回きに見始めたのを。
「……縫晴と、付き合ってるから?嫌われている……?」
「逆だよ、縫晴先輩は人気あるんだよ」
「はあ?」
「頭良いし、小学校からやってんだろフルート、どう聴いたって上手いじゃん」
「あんな、根暗そうな……」
「あの人優しいよ。言葉数が足りないだけで、すげえ優しい。今日だってミナガせんぱいが風邪引いて無理してるって思ったから、駄弁っている他の三年生たちと会話させて、練習を少しでも休ませようとした」
「風邪?」
「お前、委員会で遅れてきたから知らねえかもだけど、準備中、結構咳していた。縫晴先輩、心配していた」
「……」
「俺は、あの二人お似合いだと思うけどなあ」
「……俺だって、俺も、」
「……あんま、邪魔すんなよ」
湯澤の持つ楽器ケースから、キラリと。何故か剥き出しのフルートが見えた、光り輝いているように見えた。
トボトボと足取り重く、何かを背負っているかのように丸くなる背中。
カバンの重みと相まって、辛いのは身体じゃない。
主に精神面の多大過ぎる圧倒的疲労感。
湯澤にバイバイと、彼の自宅前を通り過ぎて今は一人。
ふらふらと歩いているのが悪いのだろう。
繰り返される車のクラクションに、ライトの光が眩しいと、いつの間に日は沈んで夜道へと変貌してしまったのか。
雨が降っている訳でもないのに、気付くと両頬が濡れていた。汗も涙も、沸騰しそうな程に身体中が熱くて、この激痛に耐えるのは困難な話だと思った。
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