鎮魂歌

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翌朝のつもりであったが、実際のところ、数日後だったのかもしれないし、数週間後だったのかもしれないし、或いは数ヶ月後だったのかも、しれない。 心地良い曲が響いていた。 しかし、ぷつりと途中で音は途絶える。 フルートを膝に置き、何かを堪えるかのように目元を押さえ、口元に手を当てて咳をする、ミナガ横顔を見ていた。 音楽室のピアノの近くでひとり、朝練に来ているようだった。 「ーーおはようございます先輩、風邪は大丈夫ですか?」 「……え?」 林葉の声に、驚いたようにミナガが振り返った。 「は……?」 ミナガは両目を見開いて、怯えたような表情で周囲をきょろきょろと見渡す。 「え?え、なに……」 膝に置いたフルートを両手でぎゅうっと掴んでいる。そんなに強く握っては、危ないのではないか。木管楽器は特にデリケートだと教えてくれたのは、ミナガだというのに。 「……先輩?」 林葉の発する声にミナガが息を飲む。 可笑しな光景だった。 失恋から一夜、それでもミナガへの態度を変えず可愛がられる後輩であろうと決意した。 だから、いつものように挨拶をした。 何ら変わりなく不器用な笑い方で。 「……ひっ、や、い……や、ああああ!!」 ミナガの悲鳴が響いた。 それを首を傾げて眺める。 林葉は、ミナガの笑顔を見たかっただけなのに。 フルートを手に足がもつれそうになりながら駆け出して行くミナガは、不恰好だった。 どうにも魅力的には見えなかった。 それは、他の男の影があまりにも見え隠れするからか。昨日、仕入れた情報が邪魔をするからか。 確かに恋した筈の彼女は、いなくなってしまった。 美しいものを素直に称賛出来ていた感性が消えてしまったかのように、暗いモヤが溢れ出る。 ミナガの顔が見えなかった。 林葉が見ようとしないから見えないのか、それとも文字通り見えなくなってしまったのか。 いや違う。ミナガが、林葉を見ていないのだ。 挨拶をしたのに、林葉の方を見なかった。 音色を止めなかった。 何度、呼んだのだろうか。 先輩、先輩と一体何度名前を呼んだのだろうか。 ならば、音を外したわけでも、譜面を間違えた訳でもないようだった。不意に手を休めたのは何故。 ーーあの涙は何の、誰の所為? 次々に浮かでは消えない、残る、冷たい心臓にグサリと突き刺さったかのように疑問符が音楽のように流れる。 そもそも、先程までミナガが吹いていた曲。あれはコンクールの課題曲でもなければ、野球部の試合応援の曲目にもなかった。発表会用か?新譜などいつ配布されたのだろうか。 林葉は改めて室内を見渡す。 誰もいない音楽室の後ろ側、鍵のかかった楽器ケース収納棚はガラス張りだ。 黒光りする楽器ケースたち、楽譜、譜面台、掃除用具、メトロノーム、備品の中に、よく見慣れた顔を見つける。 小さな写真立て、写っているのは林葉だった。 何故、他のパートのように集合写真ではないのだろうか。 何故、林葉一人だけなのか。 見慣れない写真だった、見たことのない、写真だった。
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