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しばらく道を進むと、いつもの場所が見えてきた。その場所は休憩するのに適した、小さな広場のようになっているところだった。私はこの山を訪れると、必ずこの場所で休憩をとることにしていた。
山道を挟み、右手には深い崖があり、左手には切り立った崖がそそり立っていて、割りと景色の良いこの場所には、おあつらえむきに、腰掛けるのに都合よい二つの岩が並んであった。
その岩が、登り続ける私の視界に入り始めた頃、岩陰にフッと白いものが見えた気がした。真っ白な何かが其方から此方を覗き込み、さっと隠れたように感じたのだ。私は心臓がドキリとして歩み止め、背中に伝たう冷たい汗を感じていた。
彼女とすごした過去の場景が蘇る。
「あたし百合の花が好きなの。それも真っ白な。だって言うじゃない、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花って」
「自惚れてるな」
「だって、美人なのは本当でしょ? 百合の花言葉は「純粋」「無垢」あたしにぴったりよね。ここにくる間にも百合を見掛けはしたけど、あれは外来種よ。日本原産の百合はね、気難しくて育てるのが大変なの。それで生命力が強い外来種に取って代わられているのよ。純粋ゆえに、滅びゆくものの儚さがまた健気でしょう。だからこうして、日本原産の種子をポケットに入れていつも持ち歩いているのよ」
彼女は純白のトレーナーの胸ポケットから小さな袋を摘んで見せた。
立ち止まり、しばらく岩を眺めていたのだが、それからは何の変化もなくて、私は恐る恐る岩に向かって再び歩き始めた。
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