次は君の番

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白い壁と白い天井。消毒の嫌な臭いがする病院で、私は築30年を過ぎた病院の待合室で母が来るのを待っていた。数分置きに流れる看護婦の呼び出しアナウンス。患者さん達の話し声と、小さな子供のむずかる声。  背後の大きな窓からは、冬の陽射しが背中に優しく、気を抜くと眠りの小舟に乗りそうだ。つい先程診察室に母だけ呼ばれ、暇な私は脚をブラブラさせている。  不意に視線を動かせば、4歳位の男の子がテクテクと階段を上がる所だった。2階は病室になっているから、誰か家族が入院しているのだろう。だって隣にお爺さんが一緒に手を繋いで歩いていたから。  刹那、蒼白い横顔が見えて、私は何故かブルッと背を震わせた。 「お待たせ」  其処へ頭上から母の声がして、私は長椅子から立ち上がった。 「春菜、入院の手続き前に先に病室行こうか」  着替えを入れた手提げを手に、母は私の頭を撫でた。入院するのはこれが初めてではない。前回は骨髄液を採った。また遣るのではと私はビクビクしていたが、今回は遣らなくても良いらしい。 「こんにちは春菜ちゃん」  ナースステーションに顔を出せば、馴染みの看護婦さんが笑顔で出迎えてくれた。 「こんにちは」  私に病室を案内する為、手には血液採取用の器具を持ちながら歩み寄って来た。 「お世話になります」 「此方こそ。病室は前回とは違いますので案内しますね? 春菜ちゃん4人部屋だけど、隣のベッドの子春菜ちゃんと同じ歳の子だから」  歩きながら看護婦さんが云う。 「タクちゃんはまだ入院しているの?」 「え? あぁ、お母さんと帰宅したわ」 『帰宅』の言葉に母が息を呑んだのが解った。『退院』とは云わなかったからだ。当時、まだ12歳の私は知らなかった。 「また次会ったら、絵本作ろうって云ったのに」 「…タクちゃんも楽しみにしてたわよ? 春菜ちゃんに会ったら絵本を描くって。あ、そうだタクちゃんが春菜ちゃんにってスケッチブック預かってたの」 「タクちゃんが?」 「後で持って行くからね?」  今度に病室は西側に面した場所だった。私が使うのは入って右手前のベッド。先に利用している患者3人が此方を見た。 「佐久間です。宜しくお願いします」  母がぺこりと頭を下げたので、私も隣りでそれにならった。 「さゆりちゃん、朝話した春菜ちゃん」  隣りのベッドに居たさゆりちゃんという女の子に声を掛ける。日本人形のような長い黒髪をした女の子が、微笑んで手を降った。 「私さゆり。宜しくね?」 「うん」  私達は直ぐ仲良くなった。早速看護婦さんから血液検査の為、嫌いな注射器で採取されて、母は暫くしてから帰宅して行った。 「預かってたスケッチブック。大事にしてね」  看護婦さんから渡されたのは、絵が好きだったタクちゃんの大事な物。パラパラと捲ると、看護婦さんや庭の木に留まった鳥、外来患者さん等の絵だった。 「誰描いたの?」  さゆりちゃんが凄いと誉めるので、この病院で友達になったタクという、男の子の話をした。遊びに来ないかな~なんて云いながら、最後のページを捲ると、先程階段に居た男の子が描いてあった。横顔の可愛い子だ。 「よく描けてて凄いね~」  さゆりちゃんや他の患者さんも感心して、私は自分の事のように嬉しかった。  深夜、トイレに起きた私はベッドを降りて、静かな廊下を歩いていたら、病室の前に置かれた長椅子に座った夫婦が、嗚咽しているのに遭遇した。スライド式のドアが僅かに開いていて、部屋の灯りが廊下に明るい線を描いている。私は部屋の前を通りながら、ふと病室に視線を向けると、あの階段で男の子と手を繋いでいたお爺さんが、ベッドに横たわっているのが見えた。
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