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その傍らには医者と看護婦、家族らしい人。私は背筋がゾクンとして、急いでその場から離れた。 心臓が変な音を立てて鳴る。
「お母さん…」
家に帰りたいよ…。朝食には、私の大好きなプリンがついていた。昨夜のお爺さんが脳裏に在ったけど、私はタクちゃんのスケッチブックに色を塗る事を考え、鞄から色鉛筆を取り出した。さゆりちゃんは精密検査があって、ついさっき看護婦さんと診察室へ向かった。
「あ」
スケッチブックをベッドの下に落とした私は、降りて取ろうと手を伸ばし、動きが止まった。
「あれ?」
最後のページに描かれた男の子は確か横顔だった筈だ。
男の子の顔が、此方を向き掛けた様子になっている。
「気のせい?」
絵が変わる訳がない。バカバカしいと溜め息を零し、私はベッドに入った。「春菜」
呼ばれて顔を上げると、クラスメートが3人病室の入り口で手を降っていた。
「おはよー」
「「「オッハー」」」
声を揃えて3人が駈けて来た。
「夜泣かなかったか? 春菜」
「泣かないもん」
「だよね~あ、なんか飲み物いる? 買って来てあげるよ」
「サンキュー~ってか私も行く!」
4人で病室を後にして、自販機で飲料水を買うと中庭へ行こうと、玄関ホールへ向かった。
「ね? あれなんかあったのかな」
訊かれて私は正面に顔を向ける。救急車が二台到着し、ストレッチャーに患者を乗せて中に入って来た。
「さっきテレビで遣ってたやつじゃない?」
待合室でテレビの前に居た主婦が連れの男性に話掛けていた。
「科学工場の爆発だっけ? うわすげーまた救急車来た」
クラスメート達はストレッチャーで運ばれる患者を見て、震え上がっている。
「やだ~顔見ちゃった」
「春菜行こう」
呼ばれてクラスメート達に腕を引かれる。
そして、真横を何かが通り過ぎて私は悲鳴を上げた。これに驚いたクラスメート達が、「大丈夫?」と声を掛ける。誰も『それ』に気付かないのかと、周りを見るが誰も『それ』を見ていない。血だらけの男性の手を、あの男の子が握っている。
今し方ストレッチャーで運ばれて行った男性患者の顔だ。
「大丈夫? 春菜! 看護婦さん呼ぶ?」
私はガタガタと震えて、クラスメートの腕を掴んでいた。
目を合わせちゃいけないと、本能が云っている。けれど男の子は私を見ていた。
「落ち着いた?」
心配したクラスメート達が、看護婦さんを呼ぶと、私は病室に戻されてベッドに居た。
「ごめんね」
私が謝ると、クラスメート達は肩を竦める。
「仕方ないって」
「あたしらもびびったもんねー?」
「ねえ春菜にこれあげようか?」
鞄から取り出したブレスレットを、私に手渡して、云いづらそうに話し出した。
「私もお守りで持ってるんだけど、こういう病院って、いろいろ有りそうでしょ? 気休めでも在った方が良いかと思って」
彼女の家はお寺で、偶にお祓いをしに客が来るらしい。
「有り難う」
私は早速そのブレスレットを嵌めて、ホッと一息ついた。
「春菜遅刻するわよ」
「はあい」
時は過ぎて大学生になった私は、子供の頃よりも丈夫になり今日は就職する会社の初日の日だ。
「忘れ物ない? ハンカチ持った?」
過保護なお母さんは急いで作ったお弁当を、手提げに入れて私に寄越す。「入社祝いに巻き寿司作るから、早く帰りなさいね?」
「うん、行って来ま~す」
私は玄関を飛び出して、駅に向かう為バス停へ急ぐ。
私の手首にはあのブレスレットが在る。 あの病院で見た男の子は、ブレスレットを嵌めてから見なくなり、学校に復帰してからもスカートのポケットに入れるなりして、肌身放さず持ち歩いて来た。タクちゃんのスケッチブックは、お母さんに頼んでお寺に持って行って貰い、持ち主のタクちゃんは とうに亡くなっていた事を知った。
急いでいた私は自転車とすれ違い、危うく転倒する処だったが、辛うじてそれは免れた。
が、その刹那、手首に嵌めていたブレスレットの石が、音を立ててパラパラと地面に転がっていった。
「ひっ!?」
「良かった~やっと見てくれたね? 僕ずっとこうして手を繋いでたのに、石が僕を邪魔するんだもん」
私の手を、あの男の子が姿形を変えぬままに、私の手を握り締めている。
氷のように冷たい手。
「ねえ、遊んでよ」
恐怖で声の出ない私に、白い乗用車が向かって来る。
あぁ、やっぱりこの子は『死神』だったんだ。
誰かの悲鳴がこだました。
『ねえ、遊んでよ』
end
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