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「私も、あやかしは怖いものだと昔は思っていたの。けど、そうじゃないあやかしもいる。人もあやかしも同じだよ」
悪い人間もあやかしもいる。優しいだけの世界ではない。けれど、優しさを持っている人間やあやかしだっているのだ。
「お礼にこれを」
水縹が私の手のひらになにかを乗せた。それはひんやりとしていて、つるんと手のひらを滑る。
「……綺麗」
ビー玉みたいだ。黄緑色の光がガラスの中にぎゅっと閉じ込められているように見える。
「これは蛍光というガラス玉です。きっとお役に立つ日が来るでしょう」
「え、役に立つってなにの?」
「その時が来ればわかります。貴方様なら、必ず」
水縹がつぶらな目を細めると、どこからか風が吹いた。
視界を遮る髪の毛の束を押さえて、再び前を向くと水縹の姿はなく、「ありがとうございました」と声だけが聞こえた。カランコロンと玄関のベルの音が鳴っており、水縹が通り過ぎていったことを告げている。
風が吹いたというのに不思議なことに室内の物はなにも落ちていない。
「おばあちゃん、これ」
水縹から貰った蛍光をおばあちゃんに渡そうとすると、首を横に振った。
「べにちゃんが持っていて」
「え、でも」
檸檬マフィンを作ったのはおばあちゃんだし、私はなにもしていないのにお礼の品をもらってもいいのだろうか。
「いいから。きっとこれはべにちゃんに必要なものなのよ。だから、水縹はべにちゃんに渡した。でしょう? 呉羽」
「……だろうな。まあ、そのガラス玉の効力は俺にはよくわからないが」
呉羽は興味なさそうに水縹が食べた檸檬マフィンのお皿とティーカップを片付けている。
私に必要なものだなんておばあちゃんは言っていたけれど、蛍光というガラス玉は、いったいどんな時に役に立つのだろう。
「きっと意味があることなのよ。だから、べにちゃんはこれをお守りとして持っていて」
「うん。ありがとう」
幻想的な黄緑色の光を放つガラス玉を握る。優しい目をしていたのは水縹のほうだ。
迂闊に目を合わせたり、話をしたら危ないあやかしもいるけれど、優しいあやかしだっている。人間と同じだ。
それに私は……優しくなんてない。
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