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彼の返事を聞く前に席を立ち、廊下へと出る。
開いている窓から暖かな春風が流れ込む。学校に咲いていた桜はほとんど散ってしまい葉桜になっていた。木の根元には淡いピンクが色づいている。
美しい景色は瞬きをするくらい一瞬しか味わえない。
桜色の季節が新緑の季節へと準備をしはじめているのがわかり、無性に寂しさを覚えた。
「いきなりどうしたの? もしかして内緒の話だったりする?」
軽い口調に眉を顰める。振り返った私の視界に映り込んだのは、貼り付けたような笑顔の八城くん。
彼の本心が見えず、視線を逸らしたくなったけれど、ぐっと堪える。
「いい加減、用件を言って」
八城くんは目を丸くして驚いた表情を作ったあと、すぐに眉を下げて困ったような笑みを見せる。
理由があって私に近づいてきていることくらいわかっていた。入学してすぐにクラスの中心的存在になった八城千夏。
教室で一人ぼっちのクラスメイトを放っておけない正義感あふれるタイプではなさそうだ。それなのに私に声をかけてくるのは、嫌な予感しかない。
「私に近づいてきたのはただ話したいからという理由じゃないよね」
あの噂を聞いて、面白半分で近づいてきているのか、賭け事でもしているのか。そのどちらかの可能性が高い。今までそんなことばかりだった。
「坂の途中にある長い石段の上のお屋敷に住んでいて、腰あたりまで伸びた真っ黒な髪の女の子。って清白さんのことでしょ?」
「……それがなに?」
「でもって、小・中学生の頃のあだ名は〝魔女〟」
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