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「…高二の夏。菜月さんを見て、一目惚れした」
「…っ、」
伏せられた目に、彼がどんな感情を宿しているのかは知らない。けれども今、私の心臓が高鳴ったこと、それは事実で。
「高三の冬。そのまま声もかけられないまま、俺は失恋する」
「…失恋?」
「菜月さんが。男と手を繋いでた。駅前のイルミネーションを見てた」
……違う。私のたった一人の元彼とは、高二の五ヶ月の間しか付き合っていない。
そう思った。けれど私は、海夏くんの年齢を知らない。話しやすいから、勝手に同い年だと思っていたのかもしれない。
「…大学受験の日、俺は事故に遭う」
「それで、幽霊になった…の?」
「こんな状態になっても、諦められなくて。未練がましいってわかってたけど、菜月さんを知るたびに離れられなくて」
涙が溢れる。なんで彼は幽霊なんだろう。そう思わずにはいられないほど、目の前の彼が愛しくて。
「…すき、だよ」
嗚咽混じりの告白。なんて不恰好なんだろう。
本当はわかってた。彼といると落ち着くこと。彼と周りの男の人を、無意識に比べていたこと。私の明日の想像の中に、彼がいること。
もし海夏くんに触れられたら、今すぐにでも抱きしめたいのに。
「海夏くん、なんで幽霊なの?」
「菜月さん…」
「海夏くんに触りたい……抱きしめてほしい…」
…こうなるから。気づきたくなかった。知らないフリをしてたかった。
「菜月…」
…ズルいよ。抱きしめても撫でてもくれないくせに、呼び捨てにするなんて。
「ごめん、俺、」
×
――ピッピッピッピッピッ…
規則正しく鳴っている電子音。大がかりな機械をつけられたまま、目覚めない彼。
『ごめん、俺、まだ死んでない』
『え…』
『その事故から、昏睡状態で目覚めてないんだ。今の俺は、生霊ってやつ』
『生きてるの…?』
『今んとこ』
『…っ、早く起きてよぉ、ばかぁ……』
『わかった。絶対起きて、菜月をちゃんと抱きしめるから。待ってて』
それっきり、私の前から幽霊の彼は姿を消した。
「今日もちゃんと、お見舞い来たよー」
「…」
「今日ね、大学の後輩に告白されたの。早くしないと、私が取られちゃうぞー、…なんて」
ピクッ
「…え?」
今…
「…おはよう菜月、いい天気だね」
「……今日は曇りだよ、ばかぁ…」
END.
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