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転校生
「夏木陽子です。よろしくお願いします!」
ある朝、アイツは転校生としてこのクラスに現れた。事前に周知されていなかったから、教室は浮足立つようにざわついた。
もし私が転校生の立場だったら、初登校の朝は憂鬱で仕方がないだろう。誰ひとりとして見知らぬ顔。値踏みするような生徒たちの視線。それなのにアイツは違った。
「一日でも早くみんなと仲良くなれるよう、がんばりますッ!」
私は小さく舌打ちした。明朗快活で非の打ち所のなさそうなアイツの態度に腹が立った。担任が指差したのは私の隣の席。私の一方的な苛立ちを知ることもなく、アイツは席に座る。ほのかに漂わせる柑橘系の香り。爽やかさを絵に描いたような匂いにすらイラ立ちを覚えた。
「よろしくねッ!」
明るさという威圧感に気圧され、声も発せず小さく頷く。引きつった笑みを浮かべるのがやっとだった。
「前の高校では何の部活やってたの?」
「前はねぇ、テニス部だったよ」
「ウチの学校にもテニス部あるし、よかったら入っちゃえば?」
「えっ! ほんとに?」
クラスの中でも中心的存在の山崎優美が、教室中に響く声で叫ぶ。
「ねぇねぇ、アキコッ! 陽子って前の学校でテニスやってたんだってぇ!」
黒板前の席に座る近藤亜希子が返す。
「そうなんだ! アタシもテニスやってるんだよ。よかったら部活おいでよ!」
アイツは承諾の意思を伝えるように、近藤亜希子に向かって親指を立てた。
転校後、数日も経たないうちにクラスの輪の中に溶け込んだアイツ。私が望んでも絶対に足を踏み入れられない、クラスの中心という輪の中に。
「冬木さんって部活やってるの?」
突然アイツは私に話しかけてきた。心の準備をしていなかった私は、「あッ──特に」と答えるのが精一杯だった。
「そうなんだ! 部活以外にもやりたいことってたくさんあるもんねぇ」
私が抱く嫌悪感とは裏腹に、アイツはこんな私にすら優しく接した。誰がどう見たって根暗な私。空気よりも軽い存在。それなのに周囲に漂わせてしまう重苦しい空気。私という存在がみんなの雰囲気を汚しているのは知っている。だから、みんな声すらかけようとしない。それなのにアイツだけは優しかった。人並みの反応すら返せない落伍者の私に、いつも気にせず話しかけてくれた。
不慣れな日々が数ヶ月続いたある日、アイツの態度は急に豹変した。
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