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日向と日景2
「……!」
その音でようやく自分が仕出かしたコトの重大さに気づいたのだろう。
日景の顔面は、見る見るうちに青く染まっていく。
(……ふざけんなよ)
思わず出かかった言葉を喉奥に押し止めると、俺は氷のように鋭利な冷めた眼差しで、日景を睨み付けた。
「……俺に話しかけんな、って言っておいた筈だよな。日景……」
「……っ」
「テメェの脳天気な頭はそんな簡単なことも憶えていられねぇのか。それとも、俺に対する嫌がらせか?」
「…………」
つい先ほどまで、駒鳥のように囀っていた薄い唇が今は硬く閉じられている。
周囲は下校する生徒でごった返し耳障りな筈なのに――今この瞬間だけは、俺と日景二人きりしかいないような気がした。
澄んでいた秋の空気が、ギシリと音を立てて軋む。
「…………」
「……チッ」
凍ったかのように、身動き一つしなくなった日景に対し再度舌打ちを零すと俺は一足先に校門へと向かう。
同級生だけではない。上学年問わず入り乱れた人混みの中を慣れた足取りで歩きながら、俺は首に巻かれたモスグリーンのマフラーを指先で抓むと、小さく悪態を吐いた。
「クソ兄貴……」
俺は、日景が嫌いだ。
いつもヘラヘラ笑っていて、弱々しくて、人に合わせてばかり。
極々稀に怒ることはあるけれど……損ばかりしているお人好し。
俺の、一番嫌いな部類の人間が――たった一人の、俺の双子の兄貴だ。
「日向ぁ、待ってたぞ。遅かったじゃねぇか」
学校から少し離れた繁華街。
そこで、同じクラスの友人と合流した。
「悪い。日直当番、サボれなかった。サボれてたらもっと早く合流できてたのに……藤先生に見つかってさ」
「あー。藤センセーなら無理だな。逃げられない」
「だな。あんな可憐な女性に言われたら、男として断れる筈がない。いや……でも、それはそれで『駄目でしょ!』とかって叱られてみたい気も……」
「お前、ソッチの気でもあんの?」
「なんだよ、ソッチって……! 俺は至って健全な男子高校生だッ」
口々に、各々の欲望を口にする友人達に思わず苦笑しながら、俺は目的の店を見上げた。
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