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日向と日景3
『Patisserie《パティスリー》 Soleil《ソレイユ》 et《エト》 lune《リューヌ》』。
それは、三つ星パティスリーが手がける洋菓子店だ。
二人のオーナーが作り上げるフランス菓子はどれも美麗で、繊細だ。
見る者全てを虜にするその洋菓子は、出店前から大きな話題を生み、出店した当初は連日長蛇の列が作られていた。
だが、出店してから一ヶ月。ようやく人の波も穏やかになり始め、そしてそれを見越した今日、こうして〝部活仲間〟である友人達と店の前に集まったのだった。
「日向、もう食べたい物って決めてるのか?」
「ん? ああ、まずは看板商品の『ソレイユ』と『リューヌ』の二つにしようかなって」
「ああ、やっぱりそれ気になるよなぁ。〝スイーツ部〟副部長としてもそれは外したくない……が、アップルパイも気になるんだよなぁ、俺は」
「アップルパイか。確かフランス産のバターをふんだんに使っているんだったな。パイ生地も独自の配合だとか?」
「そうなんだよ。パイ系好きだからさ、俺」
副部長である友人、杉山が大きく頷く。
ちなみに〝スイーツ部〟というのが、俺たちが所属している部活名だ。
名前は至ってシンプル。目的は話題のスイーツを食べに行くというものだ。
スイーツは女子だけが食べる物じゃない。スイーツ好き男子で何が悪い、という信念のもと集まった友人どうし。こうして放課後や休日に話題のスイーツを食べに出かけていた。
「……で、どれにする?」
店先に置かれたメニューへ視線を向け、ゆっくりとページをめくっていく。
「俺……、悩んだけど決めた。やっぱりパイにする。日向は、看板商品だよな?」
「ああ」
「自分もだ」
それぞれ、食べたい物は決まったようだ。小綺麗な店内に少しばかり緊張しながら店の扉を開く。リリン、と心地よいベルが鳴るや否や、店員の一人がカウンターの奥からいそいそとやって来た。
「店内でお召し上がりでしょうか?」
「ああ、はい。席、ありますか?」
「少々お待ちください。すぐにご用意致します」
そう言うと、足早に店の奥にあるカフェスペースへと消えていく。
そしてものの数分で呼ばれると、奥のソファー席に案内された。
少しばかり混み合っていたのもあり、目的の商品があるか懸念していたものの、店員に確認したところ無事注文することができた。
「あー、楽しみ。ずっとここの気になってたんだよな」
「連日、人の列が酷かったからな」
「そうそう。流石にオープン仕立ては来れないよなぁ」
一ヶ月たってようやく入れる目処がついたとは言え、新作スイーツがまた出されれば人も混み合い出すだろう。
(日直と、……日景に呼び止められなきゃもっと早めに来られたのに)
冷水に口付けながら、内心この場にいない兄に対し小さく文句を言う。脇に置いた鞄から、チラリとモスグリーン色のマフラーが見えると、思わず視線を逸らした。その時、
「ケーキセット、お待たせ致しました。紅茶はこちらの砂時計が落ちるまで、お待ちください」
二人の店員が、それぞれケーキとティーポットを持ってくるといそいそとテーブルの上に並べていく。多種多様なケーキに思わず目を奪われ、我先にとフォークで啄み出す。
そんな様子を横目に見ながら俺は紅茶の準備ができるまで、目の前にある二種類のケーキを見つめていた。
とある事象を象ったそのケーキが、まるで日向と日景を暗示しているようで少しだけチクリと胸が痛んだ。
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