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「やだやだやだやだっ! 絶対断る!」 「うるさい! いいから脱げっ」 「キャー!」  狭い事務所に崎谷玲(さきやれい)の絹を裂くような悲鳴が響き渡る。  玲の幼馴染(おさななじみ)にして現在の雇用主でもある篠田拓馬(しのだたくま)は、玲のシャツを奪い取り、陶器のような白い肌にアイスブルーのシフォンドレスを投げつけた。 「時間がないんだ。さっさとこれに着替えろ」 「やだ、絶対着ないからっ!」 「社運がかかってるんだ。着ろ。着るんだ!」  事務所の床には『ジュエリーSHINODA』の専属モデル、エレナが、左の腹を押さえてウンウン唸っている。その目は縋るように玲を見上げているし、マネージャーの伊藤(いとう)はメイク道具をスタンバイして、悪魔の笑顔でおいでおいでをしていた。  胸の前でドレスを抱えた玲の味方は細い腰を覆うトランクス一枚だけだ。 (さ、三対一なんて卑怯だぞ……)  追い詰められ低く唸る玲に、拓馬のリーサル・ウェポンが発動する。 「言いたくなかったけど、玲は俺に一方(ひとかた)ならない恩があるよな」  それを持ち出すくらい、今回は切羽詰まっているということだ。 「おまえしかしないんだ、玲。頼むっ」  最終兵器を口にするや深く頭を下げた拓馬に、もはや逆らうことは出来ないのだと悟った。茶色の瞳を水膜に潤ませ、玲は短く呻く。 「うう……」  降伏するしかない。 (だけど……っ!)  『ホテル周防(すおう)インターナショナル』のメインバンケットには、日本の各界を代表するセレブが千人規模で終結している。そんな中に何が嬉しくて庶民の自分が、こともあろうに女装をして、出ていかなければならないのだ。
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