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入ってきた客の姿を見て、店主は大いに戸惑った。
ここが何を売っている店かわかっているのだろうか。それともわかったうえで苦情を言いにきたのか、あるいは復讐でもしにきたのだろうか。そんなふうに彼が邪推し、身構えるのも無理はなかった。
しかしその客は、人がするのと同じように店内を見て回り、やがて商品を手にすると店主のいるカウンターにやってきた。見た目からすると不自然だが、客であることに違いはなさそうだった。
「これをください」
そう言って客は、カウンターに商品を置いた。
客が選んだその商品に店主は驚いたと同時におののいた。よりにもよってなぜこれを選ぶのか。商品の説明文を読まなかったのだろうか。
もしも事実を知らずに買おうとしているのであれば、このことを説明せずに売るのは罪な気がした。
「あの、ひとつよろしいでしょうか」店主は震えるようにおずおずと言った。「うちに置いてある商品は羊皮紙と言いまして、その……、動物の皮を加工して作ったものなんですね。それで、お客さんがお選びになったこの羊皮紙の皮なのですが……」
「ええ、わかっています」店主の言葉をさえぎって客は言った。「だからこそこれを買うのです」
「これは失礼いたしました。しかし、どうして……?」
店主は思わず訊ね、客はその質問に答えた。
「これで手紙を書けば、食べられずに済むでしょう?」
そう言って客は微笑んだが、その表情はひどく疲れて見えた。
「なるほど」
大まかな事情を察した店主はそれだけ言うと代金を受け取り、羊皮紙を客に渡した。
「どうもありがとう」
丁寧にあいさつをして、客は店をあとにした。
その背中を見送りながら店主は思う。
羊皮紙の手紙、それも山羊の皮を使ったものなら、今度こそ相手は食べずに読むだろう。
その前に怒り狂わなければ、の話しだが。
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