僕の進路はまだ決まらない

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 そこからは早かった。悪の組織には資金がある。——当然だ、悪を謳いこそすれ、内部にいるのは様々な分野のプロフェッショナル。その能力を切り売りすれば、いくらでもお金は稼げるのだろう。街にいくつも彼らの運営する店舗ができた。最初はみな恐れて近付かなかったものの、確かな品質の商品を展開していることはインターネットであっという間に広がった。今では彼らの商品で身の回りのものを固めている人だっている。  かくいう僕も文房具は『バッドヒーロー』社、彼らの製品を使っている。お母さんは化粧水を愛用している。お父さんがバッドヒーロー社の靴下を履き出してから、悍ましい臭いテロがなくなったので家族は感謝している。そう、悪の組織もまんざらではないな、となってしまっているのだ。そうなるとヒーローを疎ましく思う人だって出てくる。ヒーローはただ、表面的な悪事を止めるだけ。戦えば町が壊れることもあるし、一般人に被害が出ることだってないわけじゃない。怪人などを殺してしまうというのにも不評が出始めた。怪人だって一つの命、バッドヒーロー社とうまくやれたように、怪人とだって手が取りあえる未来が来る、だなんて言い出す人が増えて行った。 「絶対おかしいと思うんだけどな……」  それでもヒーローが淘汰されないのは、悪の組織に対する小さな疑問、世界征服して何がしたいのか見当がつかないことからか。それとも、僕のように、正義に対して小さな期待を抱かずにいられないからなのか。星の瞬きのように、彼の雄姿は心に響くのだ。  ヒーローは無事に怪人を追い払った。正体不明の正義の味方も、何処へと飛び去って行った。今日のヒーローショーはこれでおしまい。僕は望遠鏡を片付けて、家路についた。  家に帰る足は軽くはない。だって、帰ったら待っているのは再来週の月曜日提出の進路希望調査書だ。僕は行きたい大学もなければ、心惹かれる職種もない。悪の組織が出てきても、ヒーローが出てきても、一般人の生活なんてほとんど変わらなかった。こんな無感動な社会なら、無感動な僕がいたって問題ないだろう。マンションの非常階段をこっそり降りて、フェンスを越えて、なるべく人目につかない道を選んで帰る。真昼間から一人で望遠鏡を持ち歩いている男を見かけたら、きっと誰だって不審に思う。だからなるべく誰にも会いたくはない。
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