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でも、誰にも会いたくないから人気のない道を通るというのは、別に僕だけの考え方じゃなかったらしい。どたどたという足音が背中に近づいてきた。振り向く。猛スピードで走ってくるのは、黒いコスチュームを着た――。
「あっちょっ、どいてぇ!!」
反射的に道の脇に避けたが、慣性の法則に取り残された望遠鏡が引っかかって転んだ。いや、引っかかったわけじゃない。その女性は引っかかりそうになったのを飛び込み前転でかわしたのだ。
「あっぶない超引っかかるとこだった、引っかけてないよね? 大丈夫? 今うち器物破損ヤバいんだよ!」
「あ……」
ビビッドなピンクが差し色になっている黒いコスチューム。目立つ金髪シニヨンに、道化師を派手なストリート系にしたようなフェイスペイント。
そして何より、そのコスチュームの胸元に輝く、『B.D.H.』。バッドヒーロー社のエンブレム。間違いない、僕の目の前にいるのは、バッドヒーローの女怪人だ。
「え、嘘、なに、硬直してる? どっかぶつけちゃった? やっちゃった?」
「あ、や、うわ」
「なんだビビってるだけ? ごめんごめん! 一般人を目的無く怖がらせるのも最近厳しくてさー、あんまりやらかすと減給なんだよね。許してくんない?」
悪びれない笑顔で畳みかけるようにしゃべる女性に気圧されてしまい、逃げることすらできない僕。女性の言葉が止まると、遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
「あれ? 君そういえば、健正高校の3年、『吉本 理吉』君じゃない?」
今口を開いたら、「なんで僕の名前を」なんていうありきたりな台詞しか言えないから僕は口を開かないことを選択した。ピエロ怪人が笑みを深くする。
「知ってるんだよー、君、いつも『ヒーロー』のことそれで見てるんでしょ」
竹刀袋に入れた望遠鏡を指差され、僕はそれを胸の前に抱いた。悪の組織に名指しされた挙句、僕が今までずっと見ていたことが知られている。
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