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――君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな―― これは、藤原義孝が愛する人へ手紙に書いて送ったと言われる恋の詩。 ――お前、俺に会いたいだろ、明日家に来てもいいぞ―― これは、俺が昨日メールで好きな人に送った最低な誘い文句。 「はあ……。」 何故こんなに違うものなのか。 俺も、藤原義孝みたいにロマンチックに伝えたいのに。 なんて頭を抱えていると、布団の上に投げ捨てたスマホが甲高い音を発した。 「ふおっ!」 これだけでビビって、それでも俺は男なのか。 いや、しかしこの音は電話だ。 「は、陽なのか……?」 もし、陽だったら、俺はどう話せば……。 そうして、恐る恐るスマホを覗き込む。 するとそこには、「母さん」の文字が。 「何だよ……。」 安心したような、残念なような。 そんな気持ちを抱えて、通話ボタンをタップする。 「……もしもし、何だよ母さん。」 『桜介、あんた今何やってるの!』 耳が張り裂けるほどの大きい声。 「え、何って……。」 『今日、陽ちゃんの結婚式じゃないの!』 「は……?」 開いた口が塞がらないとはこのことだ。 だって、そんな話、全然聞いてないぞ? 「母さん、何言ってるんだよ……。ボケたか?」 『あんたこそ何言ってんのよ。陽ちゃん半年位前に地元の男の人と結婚したじゃない。陽ちゃんが桜介にも伝えたって言ってたわよ?』 信じられない。 俺の恋は、伝えもしないまま既に終わっていたというのか? 「そんなの、聞いて、ねえよっ……。」 『陽ちゃん忘れちゃったのかしらねー。』 途端に悔しくなって、母さんの声も無視して通話を終わらせた。 「何だよ、それ……。誰だよ、地元の男って!」 そりゃあ、陽だってもう二十五才だ。 結婚してたって可笑しくない。 だけど、俺と陽は二十年以上一緒にいるんだぞ? いや、最近は一緒にはいないかもしれないけど……。 「言ってくれたって、良いだろ……。」 しかし、頭を抱えて文句を溢したって仕方ない。 俺は、「これで終わる位なら」と陽宛に手紙を書いた。 ――君がため 数多の手紙 破いたり 愛しき思ひ 仕舞ふべきかな―― 真っ白な紙に、それだけを記して。 これで伝わるかは分からない。 それよりも、和歌は唯一の特技だと思ってたけど、こんな状態じゃ上手く書けないな。 本当は手紙何て破いていなくて、メールの本文を消しては書いてを繰り返していただけだし。 そう、冷静に考えていたつもりだった。 「あーあ、もう終わったのにな……。」 涙が、溢れて止まない。 俺って、こんなに泣き虫だったかな。 「好きだ、好きだよ、陽……。」 俺はその日陽に手紙を出した後、全てを忘れたふりをして眠った。
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